《☆~ ラムシュレーズンの覚悟 ~》
第二月の十九日目、ラムシュレーズンは、目を醒ますや否や、胸中にぞわぞわと得体のしれない予感を抱いてしまう。
寝台の上に横たわった状態で、「これが杞憂のまま、なにごとも生じなければよいものですわ」と願っているところ、起床の手助けをするために、デミタスが二人の後宮女官を従えてくる。
着替えと二輪車椅子への移動をして貰う間、ラムシュレーズンは浮かない表情を見せ続けていた。デミタスが気掛かりになり、後宮女官たちを退出させた上で、やや遠慮がちに問う。
「女王陛下、なにかしら、ご懸念でもおありでございましょうか?」
「その通りですけれど、思い悩まないようにしますわ」
ラムシュレーズンは、デミタスの助けを借りて食堂へ向かう。
途中の廊下にショコラビスケ、キャトフィシュ、シロミがいて、なにやら立ち話をしている。
「皆さん、このようなところにお揃いで、どうかなさいましたの?」
「首領、ご覧になって下せえ!」
「なにかしら」
「衛兵がキャトフィシュに託したらしいですぜ」
ショコラビスケから、一枚の羊皮紙が手渡される。
アバロウニが残した手紙で、「僕は旅に出なければならない。一ヶ月が過ぎても帰還しなければ、僕のことを忘れて貰いたい」と記されている。
読み終えたラムシュレーズンが、さも悲痛そうな面持ちで口を開く。
「悪い予感が、こうして現実になりました……」
「アバロウニさんは、どういう魂胆なのでさあ!」
「さあ、どうなのでしょうねえ」
知っているにも拘わらず、ラムシュレーズンは口に出そうとしない。
・ ・ ・
アバロウニが行方知れずのまま、十日が過ぎ去った。
今朝のラムシュレーズンは、目を醒ますと同時に驚嘆の声を発する。
「あっ!!」
久しぶりに身体を自由に動かせたのだから、これは無理もない。ラムシュレーズンは、自力で寝台から下りて床に立つ。
いつものように、デミタスが後宮女官を二人連れてやってくる。
「なんとまあ、手足硬直の呪詛が見事に解けておられます!」
「そうらしいわね。でも一体どうしたことかしら?」
「女王陛下の常日頃になされている善行が、うまく功を奏したに違いありません」
「果たして、真相はどうでしょうね……」
兎も角、二輪車椅子を必要としなくなったラムシュレーズンは、自らの両足で歩いて食堂に辿り着く。
先にきて待機していたショコラビスケが、思わず目を丸くする。
「がほっ!! 首領、動けるようになられたのですかい??」
「ええ、見ての通りですわ」
表向きは笑顔を見せているラムシュレーズンだったけれど、胸の内では「あたくしに隠伏呪詛を与えた魔魚族のどなたかを、アバロウニ殿が殺めたのでしょう。もう彼とは、二度と会えませんわね……」と嘆かざるを得ない。
朝餉を済ませて女王の居室に戻り、およそ四半刻が経過したところ、サトニラ氏がひょっこり姿を現す。
「ローラシア皇国のスプーンフィード一等管理官が、女王陛下に宛てて、伝書を送って寄越されました」
「えっ、ジェラートさまから!?」
ラムシュレーズンが受け取って、速やかに目を通す。
その文面には、訃報と朗報が一つずつ記載されてあった。
「先日シャルバート殿がご他界になられ、ジェラートさまが伯爵家をお継ぎになられたそうです」
「左様にございますか」
「それから一昨日、男子がご誕生とのことです」
「誠に祝着の至りと言えましょう。早速、パンゲア帝国王室から、出産祝いの物品を届けます」
「最上級の小麦粉がよいでしょう」
「承知しました」
「よろしくお頼みします。こうなったからには、あたくしも、健康な赤ん坊を産まなければなりませんわね」
「御意」
サトニラ氏が深々と頭を下げた。
魔女族は、妊娠十四日目にして自身が身篭ったことを知り、そればかりか、男女の区別を紛れもなく察知できる。
海人類に属する魔魚族との間に、どのような特性を持つ魔女の子が生まれてくるのか、誰にも分からない。
それでもラムシュレーズンは覚悟を決め、次のパンゲア帝国女王になるはずの娘を「キャラメルレーズン」と命名した。




