《☆~ 躊躇逡巡を感じるアバロウニ ~》
ラムシュレーズンとブイヨン公爵の対話が一段落となる頃合いを見計らい、蜜滴団子を盛った大皿、いくつかの小皿と竹串、および小麦茶の丸壺などをデミタスが運び込む。
「がっほほ、なにか食いたいと思っていたところだぜ!」
早速、ショコラビスケが意気揚々と木串を手に取り、湯気と甘い香りを漂わせる団子に突き刺して食す。
デミタスが退室し、入れ替わりでサトニラ氏がやってくる。
「女王陛下、ドリンク民国軍務省から伝書から届きましてございます。今すぐご覧になられますでしょうか?」
「ええ、こちらに置いて下さいまし」
「承知致しました」
サトニラ氏は、円卓に羊皮紙を広げ、丸まらないように錘を四隅に載せる。
文面に目を通しながら、ラムシュレーズンが声を発する。
「あらまあ、プレイト将軍さまの患っておられます、ぎっくり腰のご症状が、どういう訳か、まったく回復へ向かわないのですって」
「それは難儀でございますね」
「はい。生活省には優秀な医療学者が多数おられますけれども、皆さんが口を揃えるような顔を見せて、《原因は呪詛に相違ありません!》と大声でお答えになるとのことが記されています」
「プレイト氏にも、隠伏呪詛が与えられたのでしょうか?」
「さあ、どうなのでしょうねえ」
ラムシュレーズンには、真相が分かりようもない。
蜜滴団子を食しながら聞いていたショコラビスケが、思わず声を荒げる。
「魔魚族め、首領のみならず、パイクさんをも呪詛しやがったのかよ!」
「言葉使いには、くれぐれもお気をつけになって」
「おっ、おうよ……」
ショコラビスケは、決まりが悪そうに肩を竦める。
丁度ここへ、アバロウニがシロミに連れられて姿を現す。
「僕と面会を望む客人がいるのは真実かな?」
「はい。他の誰でもなく、こちらのブイヨン公爵さんですわ」
「そうか分かった」
アバロウニが着席して手短に名乗る。
対するブイヨン公爵は、いつものように「私は流離いの錬金術者、アントレ‐ブイヨンです」という台詞を発した上で、単刀直入に問う。
「あなたは、自身が与えた呪詛で動けなくなった相手を、心から愛せるとお考えでしょうか?」
「も、もちろんです」
「偽りはないと断言できますか?」
「ブイヨン公爵は、僕を疑うつもりですね」
「とっくに疑っています。手足硬直という酷い仕打ちをラムシュレーズン女王陛下に与えたのは、アバロウニさんではなく、別のどなたかです。あなたは仲間の罪を背負う覚悟を決めたのでしょう。この点に関して、洗いざらい白日の下に晒したいと思い、あなたとの面会を望みました」
キッパリと言い放ったブイヨン公爵は、ラムシュレーズンに話し掛ける。
「なすべき使命を果たせました。私は流離いの旅に出るとしましょう。トースターさんは連れてゆきます。必ずや足の関節を曲げられるようにし、そればかりか、話せるようにもしてみせますよ」
「どうかお願い致します」
「お任せ下さい」
ブイヨン公爵は機械人形とともに立ち去る。
二人を見送った後、ラムシュレーズンがアバロウニの顔面を見つめながら、さも神妙そうな表情で口を開く。
「誠に差し出がましいと重重に承知の上で、あたくしの思うところを一つ、述べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「遠慮する必要はないだろう。なにしろ僕はキミの婿だから」
「それでは、率直に申し上げましょう。アバロウニ殿は先日、ドリンク民国のどなたかに、ぎっくり腰を患う呪詛をお与えになりましたね。不運なことに、その厄災事に見舞われたのはプレイト将軍さまでした。こちらの伝書に記されている通りですわ」
「わざわざ知らせを寄越してきたのか……」
アバロウニが円卓に置いてある羊皮紙に視線を注ぐ。
一方、ラムシュレーズンは穏やかな口調で話す。
「あたくしは誓って、あなたさまがなさる行動の一切を信じ切ります」
「そのような言葉は嬉しいと同時に、この僕を思い悩ませる」
アバロウニは、強く躊躇逡巡を感じるせいで、快適な睡眠ができないまま、丸四日を過ごすこととなる。




