《★~ おそろしい隠伏呪詛(三) ~》
会談を終えたラムシュレーズンたちは、意気揚々と地下海域へ出向く。
バラクーダ氏が見つけたという蒼鯛の穴場に船で辿り着き、岩場で釣りの競い合いを始めた矢先、魔魚族の集団が現れる。
するとパイクが立ち上がり、声高に言葉を放つ。
「謝罪はとっくに済んでいるはずだ! オレたちの活動を妨害するな!」
これに対し、相手側の先頭に立つ青年が苦言を呈する。
「陸人類が、再三に渡る警告を無視して呑気に魚釣りをするなんて、まったく不届きの極みでしかないよ」
「おうおう、言ってくれるじゃねえか! だがなあ魔魚族さん、なにも俺らは呑気に魚釣りをするつもりなんて毛頭ねえぜ!」
ショコラビスケが毅然とした態度で言い張った。
しかしながら、魔魚族の青年は面持ちを崩さず、静かな口調で問う。
「どういう意味かな?」
「俺たちの魚釣りは、真剣な競い合いってえことだ!」
「魚釣りの競い合いにどんな得があるのかな?」
「魔魚族さん、あんた分かってねえなあ」
「魔魚族さんなどと呼ぶのはやめてくれたまえ。名乗るのが遅れたけれど、僕はアバロウニという立派な名前を持っている。そして他の誰でもなく、捕海竜推進派を率いておられる偉大なクラム女史の孫息子の竹馬の友人だからね、もっと敬意を払って貰わないと困るよ」
「そいつは済まねえこった」
ショコラビスケは一礼した上で、さらに言葉を続ける。
「こっちも言いそびれちまったが、俺さまは熟練者と呼ぶに値する探索者、ショコラビスケだ!」
「ではショコラビスケさん、話を戻すとしよう」
「なんの話でしたかねえ?」
「魚釣りの競い合いにどんな得があるのかと尋ねたところ、キミは僕に《あんた分かってねえなあ》と言ったけれど、どういう意味だろうか?」
「つまりよお、魚釣りの競い合いに損得はねえってことだ。勝つか負けるか、ただそれに尽きるぜ。がほほほ!」
「陸人類は、つくづく無駄を好むのだな。兎も角、海域を荒らし回るのをやめないのなら、もう容赦はしないよ。キミたちのうち一人に、これまでよりも強烈に体調を損なうような呪詛を、既に与えたからね」
「がほっ、誰に呪詛を与えやがった??」
「それは僕ですら知らない。数日後に体調の悪化が起こるまで、誰にも分かりようのない、まさしく隠伏の呪詛だからね。わははは!」
ここにラムシュレーズンが口を挟んでくる。
「アバロウニさんは、とても円滑に陸人類と話せますのね?」
「うん。陸人類が僕たちの海域に進出してくるのに備えて訓練を重ねたよ。それよりも、キミのことを教えて貰いたいものだね」
「申し遅れてしまいました。あたくしは、第百二十六代のパンゲア帝国王を務めております、ラムシュレーズンですわ」
「キミのような魔女族が女王の地位にあるのかい?」
「はい」
ラムシュレーズンが微笑みを返し、さらに話す。
「あたくしは、アバロウニさんの持たれている対話能力こそ、隠伏呪詛なぞという危険な能力よりも大切と思いますわ」
「どうして?」
「だって、あたくしたちが、お互いに話し合って、共存してゆく手立てを得るためには、なによりも対話能力こそが重要ですもの」
「もしかして、キミは海人類との共存ができると本気で思っているのかな?」
「ええ、仰せの通りですわ」
アバロウニは、怪訝そうな表情で意見を述べる。
「共存といっても、双方が対等な立場を保てなければ意味を見出せない。陸人類が海域への進出を希望しているのなら、海人類による陸地への進出も認めて貰わないとね。果たしてキミは、そんなことを約束できるだろうか?」
「約束しますとも」
「では早速だけれど、キミが統治しているパンゲア帝国を、僕が十日後に訪問するとしよう。共存の道を探すにしても、そこからが始まりだよ」
「一向に構いませんわ。余計と承知の上で一つ、アバロウニさんの誤解を指摘させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「遠慮なくどうぞ」
「あたくしは、女王として君臨しても、統治しておりません」
「わはは、パンゲア帝国に興味が湧いてきたよ。損得のない競い合いを楽しんでいるのに申し訳ないと思うけれど、今日のところは引き下がってくれたまえ」
「承知しました。後日、改めてお迎えに上がりましょう」
こうして蒼鯛釣りの競い合いは中止となった。