《★~ おそろしい隠伏呪詛(二) ~》
ラムシュレーズンたちは、空調魔法の施された快適な空間で目醒め、宿所内の食堂で朝餉を済ませた。
約束している八つ刻に環境庁事務所へ出向くと、ジャムサブレーが待っており、長官室に誘ってくれた。
会談は、ラムシュレーズン、サトニラ氏、バラクーダ氏、ジャムサブレーに、相談役としてパースリが加わった形で進める。
ショコラビスケ、シロミ、シルキー、パイクも同席しているけれど、彼らは、あくまで古い慣習に従って護衛の職務を担っているに過ぎず、発言しない。
最初にバラクーダ氏が、神妙そうな表情と口調で話す。
「儂が隠伏呪詛を知ることとなる端緒は、地下海域の監督役から上がってきた報告にあります。地下海域の漁場では、魔魚族の集団と衝突する事態が少なからず起こり、数日を経て体調を損なったと訴える者が出るようになったというのです。たいていはお腹痛を患うのですが、顔面が奇妙に歪む者や、足が膨らんで痛む者もおりました。それらの要因はさっぱり分からないため対処のしようもなく、話を聞かされた者たちが怖がり、漁場で働く勇気を失ったなどと弱音を吐くようになってしまい、監督役も困り果てています。体調を損なった当の本人たちは、口を揃えるような顔を見せて、《きっと魔魚族が言っていた隠伏呪詛に違いありません!》と大声で答えるのです」
「彼らは本当に、魔魚族から呪詛を受けましたの?」
ラムシュレーズンが率直に問い掛けた。
対するバラクーダ氏は、頭を一つ縦に振ってから説明を続ける。
「儂が軍務省に要請して、百人の兵員を現地に派遣して貰いました。魔魚族の一人を捕らえて尋問を行ったところ、《海域を荒らし回る陸人類は一分刻でも早く立ち去れ。そうでなければ、また誰かに隠伏呪詛を与えるからな」といった意味の台詞を浴びせ掛けられたそうです。兵員の中に気の短い性格をしている輩がいて、あろうことか、《お前ら魔魚族なんぞ、ドリンク民国軍が滅ぼしてやろう》と言い返してしまったのです」
「それがため、一触即発の危うい状態にまで悪化しましたのね?」
「はい。報告を受けたパイク殿が急ぎ現地に赴いて魔魚族の長老に謝罪し、大きな紛争だけは、辛うじて避けられました」
「よかったですこと」
ここにジャムサブレーが口を挟んでくる。
「どうやら魔魚族は、胸の内で呪詛できるらしいのです。呪詛された者は、数日後に体調を損なうまで気づく術がありません」
「だから隠伏呪詛なぞと呼ばれますのね」
「ええ、まったくその通りです」
バラクーダ氏が再び話す。
「聞くところによると、パンゲア帝国からも地下海域拓殖の部隊を送り込んでいるようですが、そちらで体調を損ねる者は出ていませんか?」
「微塵も出ておりません」
サトニラ氏がキッパリと答えてのけ、さらに言葉を重ねる。
「パンゲア帝国の拓殖団は、ラムシュレーズン女王陛下のご命令を遵守し、魔魚族との衝突を避けるように心掛けています」
「たとい衝突を起こさないにしても、用心が必要ではないでしょうか。なにしろ魔魚族は、陸人類を嫌悪しているのですからねえ」
「仰る通りと思います」
「そこで儂たちドリンク民国は、パンゲア帝国と協力し、隠伏呪詛にどう対処すればよいか、方策を見つけ出したいと望んでいます」
「なるほど。ようやく貴国の意図を把握できました。女王陛下は、どのようにお考えでしょうか」
「あたくしは、協力体制を築くのに、なんら躊躇逡巡はありませんけれど、一つだけ条件をつけたいと思いますわ」
「はて、それはどのような?」
わざとらしく首を傾げてみせるバラクーダ氏を前にしながらも、ラムシュレーズンは気にせず平然と話す。
「国家という垣根をなくして、協同の拓殖団を組織するのです」
「なかなかに斬新な考えですね。ドリンク民国の評議会が賛同すれば、その構想は実現できると思います。しばらくの間、猶予を頂きたいものです」
「もちろん構いませんとも。ヴィニガ子爵さん、エルフルト共和国も、協同の拓殖団にご参加なさいますかしら?」
「ボクの一存では決めかねますから、大統領府に判断を仰ぎましょう」
パースリが静かに答えた。
 




