《☆~ 竜族や栄養官の話(三) ~》
老魔女の手元にある茶碗が、もう空になっている。
気づいたキャロリーヌが立ち上がり、丸壺を持ち上げる。
「お代わりですわね?」
「そうじゃとも」
オイルレーズンが差し出す茶碗に香草茶を満たしてから、少し怪訝な表情をして問い掛ける。
「でもお婆さん、あたくし、一つだけ疑問がありますわ」
「なんじゃな?」
「銀海竜との戦いで逆鱗を奪い取りはしたものの、竜族のお二人ともがお命を落とされたというのは、今から十四年ばかり昔のことではありませんの?」
「ふむ」
「そうしますと、当時の剣士さんは、まだ六歳くらいかと思いますけれど……」
「いいや違う」
「へ?」
計算は間違っていないはずなのにと、首を傾げるキャロリーヌである。
そのキョトンとしたあどけない少女の顔を、老魔女が細めた目で見つめながら、さも得意気に説明を加える。
「ローラシア皇国で一、二を争う勇敢な剣士、マトン‐ストロガノフは、あたしと出会い、あたしの探索者集団に加わった時から変わらず二十歳じゃ。彼には、不老の魔法が掛けられておるのでのう」
「不老? そうしますと、永遠に生き続けられるのでしょうか?」
「それも違う。不老不死なぞあり得ぬことじゃ。銀海竜に丸飲みされてしまえば、それであっけなく命を落とすわい。金竜に丸焼きされた場合にしても、当然のこと死んでしまう」
「そうですか。では不老というのは、一体どういうことですの?」
「生きておる限りマトンという男は、あたしが死ぬまでの間、ずっと二十歳のままなのじゃ。なぜなら魔法の効果で、老化が進まなくなっておるからのう。ふぁっはははは!」
愉快に笑うオイルレーズンを前にして、キャロリーヌは考えてみた。
そして、自らが推察した通りだろうと思い、意気込んで尋ねる。
「老化が進まなくなる魔法というのは、きっとお婆さんが成長抑制を掛けたのですわね? そうでしょ?」
「いいや違う」
「え、また違いますの!?」
老魔女は茶を啜り、説明を続ける。
「成長抑制の場合は、少しずつ成長するのじゃから、ずっと二十歳のままではおられぬ。しかも、あたしがマトンに魔法を掛けたのでもない」
「まあ、そうでしたか……」
「ふむ。彼に施されておる魔法は、老化防止という高等魔法でな、それはあたしの母親にして偉大な魔女、シュガーレーズンによって掛けられたのじゃ」
「まあ、お婆さんのお母さまが掛けた魔法でしたのね。あたくし、思いも寄りませんでしたわ。きっと、とても優秀な魔女族のお方だったのだわ」
「ふむ。その通り」
「でも、どうしてまた、人族の剣士さんに、そのような魔法を掛けられたのでしょうか。命をすり減らすことになるのでしょう?」
「それはつまり親心というやつじゃ。あたしは若い頃に探索者となり、竜族たちの集団に加わり、さほど強くはない小型獣なぞの討伐で経験を重ねた。最初のうち母には反対されておったけれど、数年を経て、ようやく自分の率いる探索者集団を作ることができた。そこへ加わった人族の男がおったのじゃけれど、あたしゃ、その者と恋に落ちた」
「まあ、素敵ですわ!」
唐突に出てきた老魔女の恋愛話に、キャロリーヌは思わず目を輝かせる。
なにしろ、身の上のことでなくとも、恋やら愛やらの話には、なにかと胸を躍らせる十六歳の少女なのだから、それは無理もないこと。