《★~ おそろしい隠伏呪詛(一) ~》
パイクがパースリの顔面に視線を向けて口を開く。
「ヴィニガ子爵、魔魚族に関する初歩を教えて貰えるか?」
「分かりました」
パースリは、持っている知識のすべてを包み隠さず語る。
彼の説明が終わると、バラクーダ氏が真っ先に問う。
「隠伏呪詛のことを、なにかお知りでしょうか?」
「ボクは存じていません」
「そうですか。あ、横槍を入れてしまう形となり申し訳ない……」
「いえ、どうぞお気になさらないで下さい。時に、隠伏呪詛というのはどういったものでしょう?」
「せっかくの晩餐に水を差してはいけませんから、明日の会談で仔細を話すことにしたいと思います。それでよろしいですかな」
「はい、一向に構いません」
「ではそうします」
食卓に載せられる夕餉の品々を食し終え、お茶を飲みながら晩餐は続く。
他国からドリンク民国に招かれて滞在する要人たちは、たいてい環境庁事務所の近くにある「省庁合同迎賓宿所」と呼ばれる建物に泊まるらしい。馬車も一緒に入れるような、いわゆる「馬車部屋」がいくつか用意されており、馭者を務めるピチャが帝国王室の御用達馬車とともに、一足早くきている。
環境庁から豪勢な料理、および高級な飼葉と新鮮な水が届き、ピチャと馬車馬が大いに喜ぶ。
十一の刻を少しばかり過ぎた頃、この宿所にラムシュレーズンたち一行とパースリがやってくる。誘ってくれたジャムサブレーが「それでは明朝、環境庁事務所でお待ちしております」という言葉を残した上で、そそくさと立ち去った。
サトニラ氏がラムシュレーズンたちに挨拶を済ませ、馬車部屋に入ったところ、御用達馬車の馭者席にいるピチャが声を掛けてくる。
「政策官長さま、もったいないほど豪勢な夕餉の品々を自分めにご用意下さり、感極まりましてございます!」
「ラムシュレーズン女王陛下のご計らいだった」
「きっとそうだろうと思っておりました」
「誠に慈悲深い女王陛下であられる。それはそうと、どうしてそんなにも頑なに馭者席から離れようとしないのだ? 寝台で休めばよいものを」
「実は報告しそびれていたのですけれど、南方海域へ向かう途中、ローラシア皇国のヒエイー山麓東街に立ち寄った際、目を離している僅かな隙に、この馬車が盗まれてしまいました」
「ええっ、そんな事態があったのか!?」
「はい、大きな失態です。自分には、どんなに厳しい処罰でも受け入れる覚悟がありました。しかしながら、なんら咎められることなく、そればかりか、こんな自分めにお優しい労いの言葉を下さったのです」
ピチャは、その折に食事処「灰色熊」で食した熊肉の燻製入り炊米飯の味を思い出しながら話を続ける。
「幸いにして、ショコラビスケさん、キャトフィシュさん、シロミ嬢、シルキー氏が急ぎ馬車泥棒を追跡し、無事に馬車を取り戻して下さり、ことなきを得ました」
「馬車が盗まれたままであろうとも、ラムシュレーズン女王陛下は、決してピヂョン殿をお責めにならなかっただろう」
「自分も、まったく同じ思いであります……」
熱い涙を流すピチャだった。
一方のサトニラ氏は、胸の内で「オリーブサラッドかベイクドアラスカが帝国王室を牛耳っていた頃ならば、ピヂョン殿は首を跳ねられていたに違いない」と思うけれど、口に出したりしない。
二階の最奥に位置する部屋に入ったラムシュレーズンとシロミも、他愛のない雑談をしながら、就寝前の一時を過ごしている。
「先ほど、バラクーダ氏が仰せになられました隠伏呪詛とは、なにやらおそろしいような響きを感じさせられますけれど、一体なんでしょうね?」
「ヴィニガ子爵さんもご存知ないとのことですし、あたくしにもさっぱり分かりませんのよ。バラクーダ氏の説明を待つより他ありませんわ」
「そうですね」
「明日に備え、もう休みましょう」
「承知しました」
ラムシュレーズンとシロミは、それぞれ寝台に横たわって眠りに就く。
隣りの部屋には、護衛の職務を担うショコラビスケとシルキー、およびパースリが陣取る。他国の要人を泊める省庁合同迎賓宿所に安全保障の抜かりはないだろうけれど、万が一の事態を想定して、警戒を怠らない。




