《★~ 地下海域拓殖(四) ~》
パースリと並んで立つ初老の男性が「ごほん」と一つ発し、さも神妙そうな面持ちでラムシュレーズンに話し掛ける。
「パンゲア帝国女王、ようこそお越し下さった。儂はドリンク民国環境庁の長官を務めております、ポルフィラン‐バラクーダです」
「お招き頂きまして、大変嬉しく思います。地下海域拓殖について、あたくしとの会談を望まれておられるようですけれど、どういったご用件ですの?」
「その件につきましては、明日ゆるりと話し合うことにしましょう。今宵は十分に滋養を摂り、旅の疲れを癒して下さい」
「お気遣いのほど、心より感謝致します」
ラムシュレーズンは、ドリンク民国の者たちと海人類の間で生じている諍いを気にしていたけれど、胸の内で「このように落ち着き払っておられるバラクーダ氏の様子を見る限り、現地では心配するほど切迫した状況にまで至っていないのかもしれませんね」とつぶやき、静かに着席する。
夕餉の料理は、初めて見る魚類を使った品が多い。それら一つ一つを、向かい側の席にいるジャムサブレーが紹介してくれる。
「こちらは、地下海域の新しい漁場で獲れた堅魚と呼ばれる中型魚の切り身をほどよく炙り、発酵豆油の味つけで仕上げた格別な逸品です」
「たいそう麗しい色彩で、風味は芳ばしく、見事なお料理ですわねえ」
ラムシュレーズンは瞳を明るく輝かせた。
右隣りの席からショコラビスケが口を挟んでくる。
「首領、味の方も抜群に素晴らしいでさあ!!」
「あらショコラビスケさん、早くも一皿を食し終えましたのね」
「こいつなら、十皿だろうが食えちまうぜ!!」
「まあ、そんなに沢山を??」
「おうよ。だが、こんなにも豪勢極まりない代物を、キャトフィシュが一口も食えねえだなんて、可哀想にもほどがあるってえもんだ、まったくよお!」
「食せますとも」
「がほっ!? ジャムサブレーさん、今なんと仰せですかい?」
「食せますと言ったのです」
「そりゃあ一体、どういう意味でさあ?」
驚愕の気色を隠し切れないショコラビスケを前にして、ジャムサブレーは平然とした表情と口調で理由を話す。
「漁場で獲ったばかりの堅魚に冷却状態と保存状態の魔法を施していますから、数日の間、鮮度をまったく損なわないで済むのです」
「なるほど、得心できたでさあ!」
「帰国の途に就かれる際、いくらか手土産になさるとよいでしょう」
「おう、ありがたいことですぜ。がほほほ!」
今度はパイクが言葉を掛けてくる。
「これも珍しい味わいだぞ?」
「なんですかい??」
「堅魚の内臓を塩に着けて、刻短とかいう魔法で発酵熟成させた料理らしい。オレさまも食すのは初めてだ」
「がほっ、少しばかり奇妙な匂いだが、食わずに済ませられねえ!」
ショコラビスケは、パイクから手渡された小皿の中身を、威勢よく匙ですくい取り口に運んだ。
「がっほ! 塩辛いだけじゃねえ、深みのある不思議な味がしやがる」
「ああ、酒によく合うぞ。わははは!」
パイクは、白麦酒をぐびぐびと喉に流し込み、再び口を開く。
「おいショコラ、お前も飲んだらどうだ?」
「いやあ、俺は首領さまを護衛する重要な職務を担っているからよお、身体に寸分すら酔いを回らせる訳にはいかねえ」
「見掛けによらず、生真面目さを持つ竜族なのだなあ。だったら古古椰子果汁でも注文しろ」
「そうするぜ」
ショコラビスケは早速、給仕の者を呼んで追加の注文を伝える。横並びで座っているパースリとシルキーも酒は一滴も飲まず、料理だけを堪能していた。
少し離れた席では、サトニラ氏とバラクーダ氏が初対面でありながら、魚釣りの話題を弾ませている。
「地下海域において、蒼鯛の穴場を見つけましたよ」
「ええっ、本当でしょうか!?」
「はい。ですからサトニラさん、明日、会談を終えてから、蒼鯛釣りの競い合いをしますか?」
「面白そうですね。是非とも、挑ませて頂きましょう!」
ラムシュレーズン、シロミ、ジャムサブレーも他愛のない会話をしながら、色々な美味しい料理に舌鼓を打ち、とても楽しい一時を過ごせた。




