《★~ 地下海域拓殖(三) ~》
サトニラ氏が、さも落ち着いた表情で話し掛けてくる。
「誠に差し出がましいと重重に承知の上で申したいと存じます」
「なにかしら?」
「この事態、女王陛下には傍観者でいて頂きたいのです」
「サトニラさんは、紛争が起きてもよいと仰るの?」
「いいえ。紛争など起きないに越したことはありません」
「おう、まったくその通りでさあ」
横から口を挟んできたショコラビスケの顔面を尻目に、サトニラ氏は、平然とした面持ちを崩さず、さらに言葉を続ける。
「私の考えを一つ、お耳に入れてもよろしいでしょうか?」
「ええ、是非ともそうして下さいまし」
「では忌憚なく、思うところを述べさせて頂きましょう。ドリンク民国の者たちと海人類の間で生じている諍いに対して、帝国王室としましては、関与しないでおくのが最良であると、私は考えております。ドリンク民国の地下海域拓殖が失敗に終わるとすれば、その方針に誤りがあるのでしょう。パンゲア帝国はドリンク民国と協力体制を築いていませんから、不用意に手出しをしても、巻き添えになる危険を冒すことになるばかりで、なんら利点はございません。そればかりか、ドリンク民国に成し遂げられなかった事業に、パンゲア帝国が成功を収めたならば、かの国に対して、なにかと優位に立てる機会でもあります」
「緻密さを持ち合わせた意見ですわねえ」
ラムシュレーズンは思わず感嘆の言葉を放った。
丁度ここに、第三女官のデミタスがひょっこり姿を現す。
「たった今、ドリンク民国から伝書が届きましてございます」
「あら、そうですのね」
ラムシュレーズンは、筒状に丸めてある羊皮紙を受け取り、開いて目を通す。その文面には、パンゲア帝国女王を環境庁に招き、地下海域拓殖について会談したいという要望が、簡潔に記されていた。
これを読み終えたサトニラ氏は、いわゆる「難色」を示す。
「ドリンク民国の連中は、おそらく海人類との間に生じそうな争いごとに備えて、図図しくも、女王陛下に救いの手を差し伸べて貰おうと願い出る魂胆に違いありません。果たして、どう対処致しましょうか?」
「会談したいとの要望を拒む理由なぞ、砂粒の大きさすらありません。こうなったからには、素直に応じるのがよいと思いますわ」
「さすがは首領、そういう潔さが全世界で一番ですぜ!」
「ショコラビスケさん、大袈裟ですわ。うふふふ」
兎も角、ラムシュレーズンはドリンク民国へ赴こうと決意し、その旨を記した返書を送っておいた。
次の日、帝国王室の御用達馬車にラムシュレーズン、サトニラ氏、ショコラビスケ、シロミが乗り込み、馭者を務めるピチャが走らせる。そして、いつものように警戒の役目を担うシルキーが、大空を飛んで同行する。
夕刻、ドリンク民国環境庁の建物に到着した。
上級要人部屋に通された一行は、休憩を挟んだ後、迎賓食堂に誘われる。
食卓の上、ところ狭しと言わんばかりに並んでいる豪勢な料理の数々を目の当たりにして、ショコラビスケが歓喜の大声を放つ。
「おうおう、どれも美味そうだぜ!」
「皆さん、心ゆくまで夕餉を堪能して下さい」
笑顔で話したのは、環境庁で副長官の地位にあるジャムサブレーだった。軍務省の第二大隊で長官を務めているパイク‐プレイトの姿も近くにある。
ここへ初老の男性と並んでパースリが歩いてきたので、ラムシュレーズンが嬉しそうに言葉を掛ける。
「あらヴィニガ子爵さん、お越しでしたのね」
「はい、唐突に招待されまして……」
「あたくしたちもそうですわ」
二人の会話にパイクが割り込んでくる。
「環境調査の際、迂闊にも気絶したオレたち二人を助けてくれた謝礼だ。ドリンク民国が誇る最上級の料理に、どうか遠慮せず、存分に舌鼓を打ってくれ!」
「パイクさんよお、それくらいのことで、こんなにも贅沢の限りを尽くした料理を食わせてくれるだなんて、なかなかに気が利くじゃねえか!」
「オレは義理堅い男だからな。わっはっはっは!」
大笑いするパイクを前にして、ジャムサブレーは「調子のいい男だわ。これら料理のお代は環境庁が支払うのだから」と思うけれど、口に出したりしない。