《☆~ 銀海竜救出作戦(一) ~》
やがて海水溜まりの上空にシルキーの姿が現れ、一直線、疾風のように飛んで戻り、見知ったことを細かく報告してくれる。
海水溜まりは円形に近い形状をしており、対岸までお馬の縦幅で千頭分の隔たりがあり、中央が最も深く、お馬の背丈で四十頭分くらいだという。
周囲の地形は、こちらから見て左手側が少なからず崖のように隆起していて、右手側は比較的に平坦な白い砂の地面が続く。
対岸の向こうに緩やかな下り坂があり、お馬の縦幅で、ざっと三千頭分を進んだ先に地下海域が見つかった。
海水溜まりから、お馬一頭分の縦幅と同じくらいの川幅で、地下海域に向かって水が流れ下り、高低差はお馬の背丈で二十頭分になるとのこと。
これらの報告を聞き終えたパースリが、神妙そうな表情で見解を述べる。
「銀海竜を救うには、川を有効に活用する方策を考えるのがよいと思います」
「川の幅と深さを広げて、銀海竜の逃げ道にするのですね?」
シロミが問い掛けた。
横からパイクが唐突に口を挟んでくる。
「言うのは容易く行うのは困難という方策だなあ。たった八人と一羽で、それだけの大仕事を地道に成し遂げるなら、数十日を要するに違いない」
この見解に対して、パースリが頭を一つ縦に振ってから言葉を返す。
「仰せの通りです。でも懸念は、それだけに限っていません」
「他にもなにかあるのか?」
「はい。まずは川を塞き止める必要があります。そうしておかなければ、川幅を広くした頃には、海水が少なくて、銀海竜が泳げないでしょうから」
「だったら、さっさと塞き止めに行きましょうぜ!」
威勢よく駆け出すショコラビスケは、砂の地面に足を取られてしまい、転倒を余儀なくされた。
ラムシュレーズンとキャトフィシュが、急ぎ近寄って言葉を掛ける。
「お怪我はありませんか?」
「ショコラ兄さん、しっかりして下さい」
「おうおう、この俺さまとしたことが迂闊だったぜ。なんとか怪我を負わずに済んだから、心配は無用でさあ」
「そうですか。不幸中の幸いですわねえ」
「くれぐれも気をつけて、行動しなければなりませんよ?」
「キャトフィシュの言う通りだぜ。がほほ!」
気を取り直したショコラビスケが、今度は慎重に歩き始め、他の者たちも後に続く。
右手側から海水溜まりの周囲に沿って、ゆっくり半刻ばかり進み、ようやく対岸に辿り着いた。
シルキーが報告してくれた通り、小さな川の流れがある。これを目の当たりにしたショコラビスケが思わず口を開く。
「がっほ! 銀海竜はおろか、小柄な首領ラムシュレーズン女史ですら泳げねえくらい、底が浅くなってやがる!」
「あら、たとい十分に深くとも、あたくしは泳げませんわよ」
「そりゃあ一体、どういうことでさあ??」
「あたくし、まったく泳ぎができませんもの」
「がほっ、そいつは失礼しましたぜ!」
兎も角、総員が川を塞き止める作業を開始する。
使う砂が周辺にいくらでもあり、それに加えて川が小さく浅いから、半刻ばかりで目的を達成できた。
パースリが真剣な面持ちで話す。
「これで海水の流出を防げました。残った問題は、銀海竜が逃れられるだけの経路を造る方策を考えつくことです」
「地下海域までの距離は、お馬の縦幅で三千頭分にも及ぶのでしょう。誰がどう考えても、川を大きく広げようという着想だけは、愚案と呼ぶ他ありません」
ジャムサブレーが、冷ややかな口調でキッパリと言い放った。
この時、パイクがおもむろにつぶやく。
「錬金発破弾の一つでもあればなあ……」
「がほっ! そりゃあ、なんですかい??」
「一般の若い人族や亜人類は、ほとんど知らないのだろうなあ。強烈な爆発を起こす道具で、山から岩を切り出したり、採掘のために穴を掘ったりするのに重宝するらしいぞ。それが戦争で使用され、敵味方の区別なく、多くの軍人が一瞬にして命を落とす最悪の事態を招いたせいで、今となっては、作ることさえ固く禁じられている代物だ。それを知る年老いた軍人の中には、錬金発破弾という言葉を、口にするのも耳にするのも禁忌だと嫌悪する者が多い」
「禁断の調合として、国際条約で必ず使用禁止が指定されますね」
「そのようにおそろしい道具、作らないに越したことはありませんわ」
ラムシュレーズンが思わず身震いした。
一方、パースリは、もう一つ補足的説明を加える。
「錬金発破弾の調合を思いついた錬金術者は、世の中に役立つ道具を作りたいという一心で、自身の仕事を全うしたに過ぎないのですけれどね」
「そうですか……」
パースリの言い分も、まったく理解できない訳ではないけれど、ラムシュレーズンは、胸の奥底で「大勢に死をもたらす危険を孕んでいる道具なぞ、なくても構いませんわ」と強く思うのだった。




