《☆~ 奇妙な洞窟(四) ~》
少しばかり気不味い雰囲気の漂う中、パースリが話題を変えたいと思い立ち、ジャムサブレーに近寄って話し掛ける。
「あなた方は、環境調査の目的で赴かれたのだと思います。ボクとジャンバラヤ氏は、ラムシュレーズン女王陛下の率いておられる探索者集団に同行して、この洞窟の奥にある地下海域へ向かうところです」
「そうですか」
「よろしければ、ボクたちと一緒に行動なさってはいかがでしょうか。もしも不測の事態に見舞われたなら、お互いに助け合えますよ」
「協力体制を築く訳ね。第二大隊長官殿、彼の提案を受け入れますか?」
ジャムサブレーから判断を仰がれたパイクは、やや難しい顔面で答える。
「ラムシュレーズン女王陛下の従僕騎士だと自らを認めていやがる小癪な輩と行動をともにするのは、このオレにしてみれば、あまり嬉しくないのだが、まあせっかく全世界学者のパースリ‐ヴィニガさんが申し出てくれた提案だからなあ、無駄にしたくはない」
「要するに、賛同なさるのね?」
「結論としては、その通りだ。わっははは!」
ジャムサブレーが、胸の内で「子供の喧嘩ではないのだから、なにも、わざわざ辛辣な言葉で話さなくてよいものを」とつぶやいた。
ラムシュレーズンが、馭者席にいるピチャに指示を出す。
「あなたは、念のため、この場で待機していて下さるかしら?」
「畏まりました」
ラムシュレーズンたち一行からピチャを除いた六名と一羽、およびドリンク民国の二名が、洞窟の大きく開かれた口に入る。
内部は緩やかな上り坂になっており、お馬の縦幅で五頭分すら歩かないうちに、明るさが急激に弱まり、人族と亜人類には、視界が利かなくなった。尤も、これは想定の事態であり、用意していた松明に火を点けて対処する。
その一方で、瞳に「暗視」という魔法を施されているシルキーだけが、常に良好な視界を保っている。
やがて下り坂となり、およそ五分刻ばかり奥へ順調に進んだところ、湖と呼ぶに値する広さの、いわゆる「海水溜まり」が目前に現れる。
突如、シルキーが「きゅっ!!」と鋭い声を放つ。それがために、他の総員がいっせいに身構えるに至った。
「一体なにごとですの!?」
ラムシュレーズンが尋ねた。
するとシルキーは、なかなかに硬い表情で「この海水溜まりには、銀海竜が潜んでいます」と報告した。
聞いていたショコラビスケが、嬉々とした顔面で話す。
「がっほほ、丁度よかったじゃねえか! さあ首領、戦いを挑みましょうぜ?」
「迂闊に近づくと、丸飲みにされてしまいましてよ」
「おおっと、首領の仰る通りでさあ」
慎重さを取り戻すショコラビスケである。
シルキーが追加の報告をした。それによると、銀海竜は極めて衰弱しており、もう戦う気力を残していないらしい。
「だったら、討ち取る絶好の機会かもしれねえなあ」
ショコラビスケの言葉に対して、ジャンバラヤ氏が苦言を呈する。
「相手の弱っているところを攻撃するのは忍びない」
「それについては、このオレもまったく同意だ」
「ふん。パイク殿、意見が合ったな?」
「そうだな。自称の従僕騎士、いや、鎖鎌の使い手殿」
「なんだい?」
「あ、いやその、さっきは失礼な言葉を浴びせてしまい、誠に申し訳ない。キミが思いの外、紳士的な心意気を持っていると分かった以上、このオレは、キミの手を握らざるを得ない」
「それは、オレさまが口にする台詞でもある」
ジャンバラヤ氏が鎖鎌を左手に持ち変えて、空いた右手を差し出す。その掌を、パイクが右の手で固く包み込む。二人が仲直りを果たして、友人同士となった瞬間だと言えよう。
そんな彼らを尻目に、パースリが神妙そうな表情で口を開く。
「海水が涸れてしまうと、銀海竜は、いずれにせよ、死にゆく宿命に相違ありませんよ。いっそボクたちの手で引導を渡してやってはどうでしょうか?」
「やれやれ、意見を見事に分断してくれたなあ」
辟易するジャンバラヤ氏であった。
彼に続き、パイクが演説でもするかのように語り始める。
「まったくだ。しかし、全世界学者殿が話したことも、正鵠を射ていない訳でもなかろう。対立する方針の板挟みに陥った今、探索者集団の首領を務めておられる聡明なラムシュレーズン女王陛下に、ご決断を賜わるのがよいと思う次第だ。さて皆さん、どうかな?」
これに対して、異を唱える者は一人としていなかった。
 




