《☆~ 奇妙な洞窟(三) ~》
シロミが薄く笑みを浮かべ、パースリに話し掛ける。
「陸地が広がると、人族や亜人類の暮らせる場所が増えますね」
「そうは卸問屋が卸してくれません」
「ええっ、それは一体どうしてでしょうか?」
シロミの疑問にパースリが答えようとしたところ、ショコラビスケが唐突に口を挟んでくる。
「卸問屋が卸してくれねえとなると、料理屋は商売にならねえし、俺たちも食わせて貰えねえから、さぞかし困っちまうでさあ?」
「そのままの意味で話しているのではありませんよ」
パースリは、辟易したような表情と口調で説明を試みる。
「引き潮によって現れた広い陸地は、人族や亜人類が暮らすのにふさわしい環境を与えてくれないということです」
「つまり、いくら土地が広くても、俺たちは住めねえのですかい?」
「はい。雨が降らず川も形作られないため、農作物が育ちませんから、動物も寄りつきません。飲食物の類が得られない以上、誰も、こんな辺鄙な場所で生活したいと思わないのです」
黙って聞いていたラムシュレーズンが、単刀直入に問う。
「皆で協力して、人族や亜人類が住めるようにできませんの?」
「なかなかに難しいと思います。苦心して畑や村を作ったとしても、次の満ち潮で海域の底に沈みますから」
「確かに、ヴィニガ子爵さんの仰る通りですわねえ……」
食事と休憩を済ませたシルキーが、自ら進んで偵察の任務を引き受ける。
ラムシュレーズンたちは、他愛のない会話を続けていた。
それから四半刻ばかりが過ぎる頃、シルキーが戻ってきて、「ドリンク民国の軍務省で第二大隊長官を務めるパイク‐プレイトさん、並びに環境庁副長官の地位にあるジャムサブレー女史が、それぞれ愛馬を駆り、北西の方角から奇妙な洞窟に接近中です」と状況報告をした。
これを聞いたシロミが、怪訝そうな表情で言葉を発する。
「ドリンク民国の役人さんが、たった二人で、このような殺伐とした大地に、なんの目的でお越しになったのでしょうか?」
「ボクが推察したところ、環境調査の一環だと考えられます」
パースリが平然と答えた。
やがて御用達馬車は、縦幅がお馬の高さで三頭分、横幅がお馬の縦幅で二十頭分くらい広い洞窟の入り口に到達した。
二分刻ばかり後、漆黒竜号という大袈裟な名前のお馬に乗ったパイク、および赤い牝馬に乗った樹林系統魔女族のジャムサブレーが駆けつける。
地面に降り立ったパイクがラムシュレーズンの顔面に視線を注ぎ、開口一番、お悔やみの言葉を発する。
「深い心の谷底から、哀悼の意を表します! ジャムサブレーから、仔細を聞き及んでおります。なんでも先々月の十二日目、雷金光の日、あの偉大なオイルレーズン女史が身罷られたのだと」
パイクは、以前と違って、慎重な言葉使いで話している。
一方のラムシュレーズンが、軽く頭を下げて答える。
「ご丁寧なお言葉、ありがたく存じます」
「いやあ、どう致しまして。ところでキャロリーヌ嬢、おっと失礼! 今や、ラムシュレーズン女王陛下という、特別なお立場なのでしたね」
「お気になさらずとも構いません」
「では僭越ながら、質問を続けさせて頂きます。パンゲア帝国の女王陛下ともあろうお方が、どういう風の吹き回しで、こんな殺伐とした地帯に、お足をお運びになられたのでしょうか?」
「あたくしは、たとい女王の立場になろうとも、探索者としての身分に、なんら変化を感じません。当初は銀海竜討伐が目的でしたけれど、引き潮が起きてしまい、それでも、この奇妙な洞窟にやってきましたのは、地下海域を探索しようという思いがあるからです」
「気丈な心意気をお持ちだ! いっそう惚れてしまいました。わはは!」
快活に笑い声を発するパイクである。
そんな彼に向かって、ずっと口を閉ざしていたジャンバラヤ氏が、辛辣な言葉を投げ掛ける。
「どれだけ惚れたのか知らないが、たかが馬の骨だ。それと比べて、オレさまは記憶にないものの、ラムシュレーズン女王陛下に、以前、二度も立派に求婚して、見事に失敗した経験がある!!」
「あんた誰だ?」
パイクが鋭い視線で尋ねた。
「オレさまは、鎖鎌の使い手であり、ラムシュレーズン女王陛下の従僕騎士だと自らを認めている、アンドゥイユ‐ジャンバラヤだ!」
「ふん、そんなことくらいで威張るな! このパイク‐プレイトには、紛れのない記憶がある。オレは、かつて女王陛下がキャロリーヌ‐メルフィルと名乗っておいでの頃、求婚をお受け頂けたにも拘わらず、諸諸の支障があると知り、婚約を破棄される結果を招いた! わっははは!」
「ま、まさか!? 女王陛下、彼の言葉は本当なのでしょうか??」
「ええ、仰せの通りよ。誠にお恥ずかしい限りですわ……」
思わず頬を染めてしまうラムシュレーズンだった。




