《☆~ 奇妙な洞窟(二) ~》
パースリは、エルフルト共和国の大統領府に伝書を送っておいた。その文面には、「全世界古文書に記されている一万年周期の引き潮が、今まさに起きております。地下海域へ通じている洞窟がありますので、明日、調査に出向きます」といった内容が記載してある。
ラムシュレーズンも、パンゲア帝国王室で政策官長の立場にあるサトニラ氏に知らせようと考え、自分たちの置かれている状況を羊皮紙に記し、念のため、早く確実に届けられるシルキーに託した。
洞窟の探索に必要な道具類は、ヒエイー山麓東町に戻って入手した。
ショコラビスケが、熊肉の燻製を売る屋台を見つけた。彼は、ローラシア金貨を所持していたので、少しも迷うことなく購入した。
用向きが済んだので、帝国王室の御用達馬車は南へ向かって走る。
夜の帳が下りてくる頃、チャンプル村の護衛官事務所に辿り着いた。ここの所長を務めるロイアルヂェリに頼み、宿所を使う許諾を得られた。
夕餉を済ませた後、皆でお茶を飲んでいたところ、ロイアルヂェリがひょっこり姿を現し、会話に加わりたいと申し出た。ラムシュレーズンたちにとっては、当然のこと、歓迎だった。
ロイアルヂェリが空いている席に座り、早速、問い掛けてくる。
「南方海域は、どのような状況でしたか?」
「ボクの推察していた通り、一万年周期の引き潮が実際に起きています」
パースリは、神妙そうな表情と口調で答えた。
対するロイアルヂェリが、さも気の毒そうな気色を顔面に浮かべる。
「では、当初の目的にされていた銀海竜討伐は、果たせなかったのですね」
「今日のところは、不本意な結果に終わりました。しかしながら、地下海域を見つければ、銀海竜と遭遇できる機会があります」
「えっ、地下海域というのは、一体どのようなものでしょうか?」
「南方海域の地下には、とてつもなく広い空間があります。満ち潮の期間は、そちらと地上の海域が繋がっていますけれど、引き潮によって地下の水位が下がることで、分離した海域が形作られます」
「なるほど、よく分かりました」
ロイアルヂェリは瞬時に理解できた。
これには、ショコラビスケが感嘆の言葉を放つ。
「さすがに所長さんだけあって、得心に至るのが早いでさあ!」
「いえ、単純な道理ですから、すぐに分からない方がどうかしていますよ」
「がっほーっ!!」
ショコラビスケは頭を掻きながら、胸の内で「すぐに分からなかった俺はどうかしているのか?」とつぶやかざるを得ない。
兎も角、皆は、明日からの探索に備えて休養を十分に取っておく。
朝を迎えた一行は、簡素な食事を済ませて出立した。
静かに揺られる馬車の中、ショコラビスケが嬉々とした表情で、背袋の中から、熊肉の燻製を取り出す。
「どうせ朝飯は海藻だと思って、こいつを買っておいてよかったぜ!」
「さすがはショコラ兄さん、頭脳明晰ですね」
「キャトフィシュ、お前の言う通りだぜ。なにしろ俺さまの頭は、食事のことになると、うまく働くようにできているからなあ。がっほほ!」
パースリが唐突に口を開く。
「空腹に苛まれているお方は、こちらをどうぞ」
彼の背袋には、銀毛牛の乾燥肉と大海老入りの乾麺麭が大量に入っている。
これらを目の当たりにしたショコラビスケは、思わず苦言を呈する。
「おうおう、そんな美味そうな品目を用意するつもりだったなら、昨日、俺がこいつを買う前に教えて貰いたかったぜ!」
「ああ済みません。ショコラビスケさんのことですから、まさか翌日まで料理を残しておかれるだなんて、まったく想定できませんでした……」
「がほっ!! パースリさんに一本取られちまったぜ!」
結局のところ、ショコラビスケは、熊肉の燻製だけでなく、銀毛牛の乾燥肉と大海老入りの乾麺麭を、誰よりも多く食すのだった。
丁度ここへ、パンゲア帝国王室に伝書を届けたシルキーが舞い戻る。
「きゅれりぃー」
「お帰りなさい。ご苦労でしたわね」
「きゅえ、くうっこぉ」
「おうシルキーさんよお、銀毛牛の乾燥肉だぜ。食ってみるか?」
「きゅい!」
長い飛行で疲れ果てているシルキーにとって、乾燥肉と新鮮な水こそが、なによりの励ましになったと言えよう。




