《☆~ 奇妙な洞窟(一) ~》
グレート‐ローラシア大陸の南方に広がっていた海域は、海水がなくなり、白い砂の地面が現れて、ところどころに海藻が取り残されている。
しばらく下り坂が続くため、御用達馬車は、ゆっくり慎重に進んできた。お馬の背丈で十頭分くらいの深さで平坦となり、ようやく速度を増すことができるようになった。
丁度ここへ、偵察に出ていたシルキーが戻り、「思いの外、引き潮が急激に進行しています」と状況報告をした。潮の引く速度は、全速力で飛行する白頭鷲には敵わないけれど、馬車と比べれば、少しばかり上回っているという。
パースリが神妙そうな表情で発言する。
「全世界古文書には、一万年周期の引き潮によって、グレート‐ローラシア大陸が百倍も広くなると記されています。陸地の果てに到達するまで、ざっと二百日を要するに違いないでしょう」
「そんな日数、とうてい旅を続けられませんわねえ……」
「女王陛下の仰る通りです」
「仕方ありません。引き返すことにしましょう」
苦渋の選択をするラムシュレーズンであった。
その一方で、シルキーが「偵察の途上、奇妙な洞窟を発見しました」と追加の報告をする。
聞いていたパースリが、瞳を輝かせながら口を開く。
「きっと地下海域に通じる洞窟なのでしょう」
「パースリさんよお、その地下海域ってえのは、一体なんですかい?」
「南方海域の地下には、とてつもなく広い空間があります。満ち潮の期間は、そちらと地上の海域が繋がっていますけれど、引き潮によって地下の水位が下がることで、分離した海域が形作られます」
「がほほ。俺さまの頭だと理解が及びそうにねえが、要するに、もう一つ別の海域が、この地面の下に鎮座していやがるってえ訳でさあ?」
「お察しの通りです。シルキー氏が発見して下さった洞窟の奥に、地下海域への入り口があると思われます」
「なるほど。ようやく得心できたでさあ。おうシルキーさんよお、よくぞ洞窟を発見してくれたものだぜ」
「きゅい!」
さも誇らしげな様子のシルキーである。
ラムシュレーズンが、ふと抱いた疑問を口にする。
「地下海域には、銀海竜が済んでいますかしら?」
「このボクにも分かりません」
「全世界古文書に記されていませんの?」
「誠に残念ながら、地下海域については、それが洞窟の先に存在すると記されているだけで、他の事項はすべて不明なのです。つまり、地下海域は、前人未踏と呼ぶに値する地帯だと言えましょう」
「探索できる余地は、ありますでしょうか?」
「正直なところ、まったく分かりません」
「そうですのね……」
「しかしながら、探索できる余地の有無に拘わらず、ボクには全世界学者としての誇りと使命がありますから、たとい命懸けになろうとも、探索してみたいと思っています。尤も、女王陛下が賛同して下さればこその探索ですけれど」
パースリは、ラムシュレーズンの顔面に視線を注ぐ。
突如、ショコラビスケが大声で口を挟んでくる。
「俺はパースリさんに賛同だぜ! そうでねえと、熟練者と呼ぶに値する探索者、ショコラビスケの名が廃るからなあ。キャトフィシュも、そう思うだろう?」
「はい! この僕は、新進気鋭の探索者に過ぎませんけれど、是非ともショコラ兄さんに同行させて頂きたいと、心より願います」
「おうキャトフィシュ、よくぞ決心したなあ。がほほほ!」
「私も地下海域を探索してみたいと思います」
シロミが胸を張って意気込んだ。ジャンバラヤ氏とシルキーにしても、無言のまま頭を一つ縦に振って、賛同の意思を示す。
皆の気持ちを知ったラムシュレーズンが意を決する。
「前人未踏の地下海域を探索しましょう!」
「おうおう、さすがは俺たちの首領さまでさあ! そうと決まれば、早速、シルキーさんが見つけてきた洞窟へ向かいましょうぜ!!」
「それはいけませんわ」
「がほっ!? 首領、なにがいけねえのですかい?」
「洞窟の探索ともなれば、入念な計画と準備が大切ですもの。一度、ローラシア皇国の街に戻った上で、必要な仕度を整えなければなりません」
「おうおう、首領の仰る通りだぜ!」
こうして御用達馬車が、進んできた道を引き返すこととなる。




