《★~ 南方海域(四) ~》
パースリたち全世界学者は、この世界に与えられた自然の理について、全身全霊で研究してきた。それによって知り得たあらゆる事項を文書にして、次の世代に伝承する役割を担っている。
南方海域で起きているかもしれない「一万年周期の引き潮」も、遥か昔から全世界学者が伝えてきた知識の一つとのこと。
ロイアルヂェリが、詳細に渡った説明を求める。
するとパースリは快く引き受け、丁寧に教えてくれるのだった。
「次に潮が満ちるまでの五千年間、南方海域の位置するところは陸地になり、そしてさらに五千年が過ぎると、再び引き潮が起きるのです。全世界古文書に記されています」
キャトフィシュが、ふと抱いた疑問を口にする。
「ショコラ兄さん、引き潮という現象が起こると、海域に棲んでいる生き物たちは、一体どうなるのでしょうね?」
「俺は海域に棲んでねえから、そんなことさっぱり分からねえぜ!」
ここへラムシュレーズンが口を挟む。
「海域の生き物は、潮の流れとともに、遠くへゆくのではありませんか」
「女王陛下の仰る通りです」
断言したパースリにショコラビスケが問う。
「だったら、俺たちの旅は無駄足になるのですかい?」
「そうかもしれませんね」
「酷い事態だぜ!」
「明日の朝一番で出立して、現状を確かめましょう」
「そうですわね」
ラムシュレーズンは、胸の内で「南方海域が、すっかり消え失せているとは限りませんもの」とつぶやくのだった。
一方、ロイアルヂェリが怪訝そうな表情で問い掛ける。
「皆さまは、どのような目的があって、海域へ赴かれるのですか? 魚釣りで競い合われる訳でもないでしょう?」
これにはラムシュレーズンが答える。
「銀海竜討伐ですのよ。あたくしたちの目的は、ご存知なかったのですね」
「はい。なにしろ、皇国中央から届きました通達の伝書には、《パンゲア帝国女王がお立ち寄りになったならば、しかるべき便宜を図るようにせよ》とだけ、簡潔に記されていましたから……」
ロイアルヂェリは、海水の涸れる原因を調べて皇国宮廷に報告するように命じられているのだった。
そんな彼女が率直に尋ねる。
「パンゲア帝国女王のお立場でいらっしゃるほどのラムシュレーズン女史が、どうして危険を冒してまで、銀海竜討伐をなさるのでしょう?」
「新鮮な銀海竜の逆鱗を得るためです」
「幻の秘薬などと呼ばれる、とても希少な品目ですね」
「ええ。ジャンバラヤさんは、記憶の一切を失われました。それを回復させるためには、是非とも手に入れなければなりません」
「わたくしは同行できませんけれど、皆さまのご無事を祈っております。銀海竜と相見える際は、くれぐれもお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
兎も角、ラムシュレーズンたちは、明日に備えて休養を十分に取っておく。
新しい朝を迎えた一行は、簡素な食事を済ませてから、ロイアルヂェリに別れを告げ、護衛官事務所の宿所を後にした。
静かに揺られる馬車の中、ショコラビスケが苦い表情で愚痴を溢す。
「首領、いくら朝一番に出立するからといって、朝飯が海藻だけじゃあ、元気も出ませんぜ、まったくよお!」
「食せただけでも幸いですわよ」
「せめて海の幸を沢山獲って、昼餉は魚介鍋で満腹になりたいぜ。がほほ」
「僕も、そうしたいと思います」
キャトフィシュが希望を口にした。
しかしながら、陸地ばかりが果てしなく続いている。
シロミが、おもむろにつぶやく。
「南方海域は見つかりませんね……」
「僕の推察した通り、一万年周期の引き潮が起きているようです」
「ヴィニガ子爵さん、あたくしたちは、これからどう致しましょうか?」
「ここで諦めて引き返すか、それとも、希望を捨てずに前へ進むかです。どちらを選ぶのがよいか、女王陛下がお決めになって下さい」
「こうなってしまったからには、陸地の続く限り、どこまでもゆきましょう!」
ラムシュレーズンが腹を据え、力強く号令を発した。
パンゲア帝国王室の御用達馬車は、引き続き南へ向かって走る。そしてシルキーが大空を飛んで、海域を探すことにした。




