《★~ 南方海域(一) ~》
ホイップサブレーが、ラムシュレーズンの首を見つめながら問う。
「ずっと死鏡を身につけているのだねえ?」
「はい。これを備えていればこそ、銀海竜討伐に赴けますの」
ラムシュレーズンが胴着の中から、円形の枠につけられた魔法具を取り出す。
一方、ホイップサブレーは、神妙そうな表情で話す。
「もうそろそろ、死鏡の効果が消える頃だよ」
「えっ、本当ですの!?」
「オイルから聞いていなかったかい?」
「ええ、初耳ですわ。どのくらいの間、効果が続くのかしら……」
「百五十日といったところだねえ。完成品を渡したのはいつだったかな?」
「第八月の十六日目です。あたくしと祖母が、宮廷官職を辞任した日のことでしたから、しっかりと覚えておりますわ」
ここへパースリが口を挟んでくる。
「今日で百十七日が経過しますから、あと三十三日だけ使えますね」
「さすがは全世界学者さん、計算が迅速です!」
キャトフィシュが、思わず感嘆の言葉を放った。
横にいるショコラビスケも嬉々として話す。
「おうおう、三十三日もあるのなら大丈夫だぜ!」
「いいや、そうとは限らないよ。想定より短いならば、百五十日が過ぎる前に使えなくなることも、あり得るからねえ」
「がほっ!?」
「どうにかして、効果を延ばせませんの?」
ラムシュレーズンが、藁にもすがる思いで尋ねた。
しかしながら、ホイップサブレーは頭を大きく横に振る。
「とうてい無理だねえ。新しく作り直すしか、なす術がないのだから」
「分かりましたわ。こうなってしまったからには、急ぎ南方海域へ赴いて、銀海竜討伐を済ませましょう!」
ラムシュレーズンの号令で、皆が腰を上げる。
一行はホイップサブレーに別れを告げ、慌ただしく魔法具の工房を出た。
中央門の外には、パンゲア帝国王室の御用達馬車が停まっており、すぐ傍に政策官のピチャ‐ピヂョンが直立不動で控えている。
丁度ここへ、検問を通過したラムシュレーズンたちが姿を現す。
ピチャは、深々と頭を下げて口を開く。
「お待ちしておりました。準備は万端でございます」
「それでは、すぐに出立しましょう!」
「畏まりました」
馭者を務めるピチャは、ラムシュレーズンたちが御用達馬車に乗り込むのを待った上で馭者席に座り、南へ向けて走らせる。
静かに揺られる馬車の中、シロミがラムシュレーズンに問い掛ける。
「海中で戦うのでしたら、相当に寒いのでしょうね?」
「あたくしは一度すら訪れておりませんけれど、南方海域は冬でも、少なからず暖かいと聞き及んでいますわ」
「でしたら、凍えてしまうという心配は無用なのでしょうか?」
「ええ、そうですわね」
二人の会話にパースリが割って入る。
「海水は冷たくありませんけれど、風がなかなかに強く吹きますから、気をつけていなければなりません」
「ヴィニガ子爵さんは、南方海域へ赴かれたことがありますの?」
「はい。調査の目的で三度出掛けています。すべて季節は冬でした。最後に訪れた際、突風のせいで転倒してしまい、大切な帽子が飛ばされたという苦い経験が、今なお忘れられません……」
「それは誠にお気の毒でしたわねえ」
ショコラビスケが、威勢よく口を挟む。
「だったら、たとい強い風が吹いても倒されねえように、腹を満たして、せいぜい身体を重くしておくに限るぜ!」
「ショコラ兄さん、なかなかに名案ですね」
「そうだろキャトフィシュ、お前もなるべく沢山食っておけよ」
「了解しました!」
「お二人とも、食べ過ぎはよくありませんわ。特にショコラビスケさんは、いつかのように動けなくなりましてよ?」
「いつかってえのは、一体いつですかい?」
「言い直します。いつものことですわ」
「がほっ!! 首領ラムシュレーズン女史に、一本取られちまったぜ!」
しばらく皆で他愛のない雑談を続けていた。
馬車がヒエイー山麓東街に入ったところ、珍しいことにパースリがショコラビスケよりも早く、昼餉の話題を持ち出すのだった。
「この通りを進むと、名物ローラシア南部料理、熊肉の燻製入り炊米飯が美味しいと評判のお店がありますよ」
「俺はパースリさんに賛同するぜ。キャトフィシュも、そう思うだろう?」
「はい!」
こうして、一行は「灰色熊」という名の食事処に立ち寄る。