《☆~ いなくなった白い仔馬の話 ~》
老魔女が七杯目の茶を要求したことで、キャロリーヌが立ち上がり、また調理場へ向かうこととなった。
一人だけで残るオイルレーズンが、小声でつぶやく。
「ここからが本題。うまく乗ってくれるかのう……」
老魔女が思案顔で待っていると、キャロリーヌが戻ってきた。
「お待たせしました。今度のは香りが違っていましてよ」
「ほう。確かに、先ほどまでのとは、少し異なっておるようじゃのう」
「まったく同じ香りばかりですと、飽きてきますでしょ?」
「そう言われりゃ、まさにそうじゃな。それにしても、よく気の利く優しい娘に育ったものじゃ。ふぁっはははは!」
「お褒めに与かり光栄ですわ。お婆さん」
咽び泣いていたキャロリーヌの顔に笑みが戻ったことで、オイルレーズンは少なからず安堵できた。
そして今まで以上に重々しい調子で声を発する。
「キャロルや」
「はい?」
「ここから先は、別のことについて話すこととしよう。メルフィル公爵家の話は、終わったからのう」
「あのお婆さん」
「なんじゃな?」
「白い仔馬にされて、どこかへ行ってしまったラムシュレーズンさんはどうなりましたの?」
「ふむ」
キャロリーヌからの質問に対し、オイルレーズンは不意にニヤリとした。
「むろん、すぐに見つけたわい」
「どこにいましたの?」
「ローラシア皇国の宮廷内じゃ」
「まあ」
「巡回警護をしておった護衛官が見つけて、宮廷まで連れ帰ったようじゃ。それが皇帝陛下のお耳に入り、宮廷内で世話をするようになった。迷い馬がおることを伝える目的で、御布令之書も出されておった」
「それからどうなりましたの?」
「あたしは宮廷に申し出て、その仔馬が悪魔女の呪いを掛けられた赤ん坊だと話した。最初は信じて貰えなかったのじゃが、皇帝陛下が信用して下さり、それであたしは仔馬に会うことができた」
「それはよかったですわ!」
「いいや違う」
「え、違いますの?」
「あたしゃ持っていた金竜逆鱗をすべて、グリル殿に進呈したのでな。じゃから、仔馬を呪いから解いてやることができんかった」
「無効化魔法は?」
「それは魔法を無効にする魔法じゃから、既に呪われてしまっておる者には有効でない」
「そうですか」
キャロリーヌは肩を落とした。
老魔女は淡々と話を続ける。
「しかも、あたしが持っていた金竜逆鱗は、若い個体のものじゃったから、それを仔馬に服用させても元通りの姿に戻せる確証がなかった」
「そうしますと、ラムシュレーズンさんは、ずっと馬のままですの?」
「その通り」
「今はどこにいらっしゃるの?」
「この邸の馬小屋じゃ」
「ええっ!?」
「立派な白馬に育ち、メルフィル公爵家へ譲られたのじゃ」
「では、あのファルキリーが、ラムシュレーズンさんですのね!」
「ふむ」
オイルレーズンは、成熟した金竜の逆鱗が手に入るまで、仔馬を宮廷内で預かって貰うことにした。その際、成長抑制という魔法を使って馬年齢の進みを遅らせたという。
馬の十六年を人族年齢に換算すると六十八歳にもなるという。呪いを解いたところで、老婆の姿ということになり、それではあまりに可哀想だから、オイルレーズンは自らの寿命をすり減らす高等魔法を使った。そのお陰で、現在のファルキリーは馬年齢が三歳なのである。
生まれて四年を過ぎた馬の場合、その年数に一を加えて四倍すれば人族年齢になる。ファルキリーが今すぐ人族の姿に戻れたら、十六、七歳くらいの少女だということ。




