《★~ 魔法具の工房(二) ~》
ラムシュレーズンたちの通された部屋には、強い異臭が充満していた。
ショコラビスケが、手で鼻を覆いながら苦言を呈する。
「がっほ、こりゃあ酷い匂いだぜ!」
「昨日、あれを仕入れたのでな。おぽぽ」
ホイップサブレーが部屋の隅を指差す。そちらには、毒消し十薬草が、山のように沢山あるのだった。
シロミが単刀直入に問う。
「あれは一体、どのように使うのでしょうか?」
「毒の耐性を備えた魔法具を作るために必要なのだよ」
「そうですか」
「お茶にもできるから、皆で飲むとしようかねえ?」
「はい、是非とも頂きたいと思います」
「そうこなくちゃ。おぽぽぽ」
ホイップサブレーは、笑い声を上げて厨房へ向かう。するとシロミが、「私もお手伝いします」と言いながら後を追う。
一方、ショコラビスケは渋面になって口を開く。
「おうおうキャトフィシュ、覚悟しておけ。毒消し十薬草のお茶ってえのは、強烈な風味でよお、とても飲めた代物じゃあねえからなあ」
「へっ、本当ですか??」
「もちろんだぜ!」
「あの薬草は、確かに独特の香りがありますけれど、医療学者たちの間では、健康によいとして昔から知られているようです。オイル伯母さんも生前、好んで飲まれていました」
お茶の仕度が整うまでの間、パースリは毒消し十薬草について説明した。
茶碗が皆に渡ると、ホイップサブレーがジャンバラヤ氏に問う。
「アンドゥイユ、わたしのことも忘れているのだろうね?」
「残念ながら、まさしくその通りです」
「記憶を失ったというならば、仕方あるまい。わたしは昔、そなたの母、キャビヂグラッセに、魔法の指導をしていたのだよ」
「そうでしたか。今のオレは、母親すら思い出せません……」
肩を落とすジャンバラヤ氏である。
「新鮮な銀海竜逆鱗を服用すれば、きっと記憶を取り戻せましょう」
「ラムシュレーズン女王陛下、ありがとうございます!」
ホイップサブレーがお茶を飲み干した上で、再び口を開く。
「さあてと。ラムシュちゃん、そろそろ本題に入るとしようかねえ?」
「はい。銀海竜と相見えるに当たり、優勢に戦えるような道具を備えておきたいのです」
「おぽぽ、そんなところだろうと思っていたよ」
「あたくしたちの頼みごとを、お聞き入れ下さいますか?」
「むろん、そのつもりだよ。なにしろ、わたしは金貨をたっぷり稼ぐために、魔法具屋を営んでいるのだからねえ。たとい相手がラムシュちゃんであっても、お代だけは、きっちり支払って貰うよ。おぽぽぽ~」
「わ、分かりました……」
ラムシュレーズンは、意図的に明るい笑顔を見せながら、胸の内では「このお婆さん、商売には抜かりがないのだったわね」とつぶやかざるを得ない。
突如、シロミが問い掛ける。
「銀海竜の動きを鈍らせる効果を持つ矢はありますか?」
「矢尻が白銀、矢柄には堅く重い紫檀を使った格別な逸品があるよ。一本のお代は、ローラシア金貨で三百枚だけれどね」
「ええっ、そんなにも高価な矢があるのですか!!」
シロミが思わず目を丸くする。
ラムシュレーズンが懐から小石を出して、ホイップサブレーに見せる。
「お支払いには、これを使ってもよろしいかしら?」
「おやまあ、雷金光系統の魔石だねえ。一系統だから、ローラシア金貨に換金すると、せいぜい五千枚といったところだよ」
「そうしますと、金貨五千枚までなら、魔法具を買わせて貰えますのね」
「むろん、その通りだよ。しかし、あっさり手放してよいのかな?」
せっかくケールがお詫びの印として進呈してくれた代物を、このような形で使ってしまうのは、ラムシュレーズンにしてみれば心苦しい。
しかしながら、手持ちの金貨は旅に必要となるから、魔法具を得るため、背に腹は代えられないのだった。
ここへパースリが口を挟んでくる。
「ラムシュレーズン女王陛下、誠に僭越ながら、お支払いにつきましてはすべて、このパースリ‐ヴィニガにお任せ下さい」
「あら、よろしいのかしら?」
「もちろんですとも。このような状況となるのを想定し、金剛石棒を二十本、持参しているのですから」
パースリは、ありありとした自信に満ちる表情で背袋を開く。




