《☆~ もてなしの会食 ~》
ローラシア皇国宮廷内の第一厨房では、一等調理官のピック‐コークスクルーと彼の指揮下にある三十人の調理官が、忙しく立ち働いている。
本日、パンゲア帝国女王を招き、「もてなしの会食」が催される。その際に振る舞う料理の数々が、今まさに準備されているところ。
前菜を調理しているキルシュ‐フォンデュに近づいたピックが、険しい表情で怒鳴り声を浴びせる。
「こら、もたもたするな!」
「済みません……」
「遅れは微塵たりとも許されないぞ! 肝に銘じろ!!」
「了解しました!」
叱責を受けたキルシュが気を引き締め、調理の手を加速させる。
ピックは、毒がないかを調べる魔女族四人にも釘を刺す。
「失敗は断じて許されないぞ!」
「重重に承知しております」
「肝に銘じろ、肝だ!!」
「一等調理官さま、作業に支障をきたしますから、失敗が許されないと仰せであれば、どうかお静かに願います」
「承知した……」
逆に釘を刺されてしまったピックは、苦々しい表情で頭を掻く。
魔女族たちは、毒視という認証魔法を使って、料理の毒見をしている。これは全神経を集中させる必要があり、騒々しさこそ一番の妨げに違いない。
調理官たちが全身全霊で職務を全うしたお陰で、予定の刻限を迎えるまでに、どうにか仕度を済ますことができた。
もてなしの会食が催される「迎賓の間」には、主賓として招かれているラムシュレーズンの他に、パースリとシルキーが入らせて貰えている。
選抜に漏れてしまったショコラビスケ、キャトフィシュ、シロミ、ジャンバラヤ氏は、准男爵のスクワシュ‐サワーと名乗った二等調理官に誘われ、調理官事務所にある「賄い食堂」にやってきた。
四人を食卓の席に着かせた後、サワー准男爵は「少々お待ち下さい」と言葉を残した上で、厨房へ向かった。
早速、ショコラビスケが苦言を呈する。
「白頭鷲のシルキーが入室を許されたってえのに、どうして俺さまだけは迎賓の間に入らせて貰えねえ!」
「ショコラ兄さん、僕とシロミさんも同じですよ。ジャンバラヤさんも入らせて貰えませんでした」
「キャトフィシュとシロミさんは、探索者集団に加わって日が浅い。それに比べて、俺さまは首領とのつき合いが長いんだ!」
憤慨するショコラビスケを前にして、シロミが遠慮がちに口を開く。
「私は、高貴な面子がお集まりになる華やかな場所より、このように、親しみの滲む場所で食事をするのが好きです。ショコラビスケ殿はどうでしょうか?」
「俺さまは場所なんて一切気にしねえなあ。たとい極寒の地下迷宮だろうと、美味いものを食せるのなら、大喜びで出向くぜ!」
再びサワー准男爵が現れ、会話に割り込んでくる。
「そのような心意気を持たれる方にとって、ここは打ってつけですよ」
「おうスクワシュさん、そりゃあ一体どういう意味でさあ?」
「この《賄い食堂》でなら、まだ誰も口にしたことのないような、美味い料理を食すことができるのです」
「まだ誰も口にしちゃいねえだと?」
「はい」
「だったら、どうして美味いと分かるのですかい?」
「食してみれば、よく分かります」
「がほっ??」
「お四方のために、今から《もてなしの会食》を催しましょう。さあ、お望みの料理を言って下さい」
「だったら、まだ誰も食しちゃいねえ、最高級の肉料理を頼むぜ!!」
「同じ品をお願い致します」
「私もそれを……」
「オレもだ!」
「了解しました。ふふふふ」
サワー准男爵が妖しく微笑み、そそくさと厨房へ向かう。
「キャトフィシュよお、どんな肉料理が出てくると思う?」
「僕には、想像すらできません……」
「シロミさんはどうでさあ?」
「残念ながら、私にも分かりません」
十分刻ばかり話しながら待っていると、サワー准男爵が、細長い代物を沢山、大皿に載せて運んできた。
この奇妙な料理は両端が丸く、美しい棒状になっていて、表面が艶やかに輝き、白い湯気と芳ばしい香りを漂わせている。
「がほっ、こんなの見たことねえが、見るからに美味そうだぜ!!」
「腸詰肉の燻製です。ガブリと齧って下さい」
ショコラビスケが一本を摘み取り、サワー准男爵に言われた通り、口に入れて強く噛み切る。すると、爽快に「パキッ」と響いた。
一本を食し終えたショコラビスケは、満面の笑みで「美味い!」と叫ぶ。
見ていたキャトフィシュ、シロミ、ジャンバラヤ氏も食し、ショコラビスケが見せたのと同じような反応を示す。
四人にとって、紛れもなく「もてなしの会食」だった。




