《☆~ 銀海竜討伐の仕度(二) ~》
マトンとの面談を終えた後、ラムシュレーズンは、パンゲア帝国王室で政策官長を務めるバトルド‐サトニラに事情を打ち明けた上で、改めて銀海竜討伐の仕度を整えるという方針を定めた。そのためには、帰国の途に就かなければならない。
一行がハタケーツ大統領と夫人のチュトロおよびマトンに別れを告げ、まさに出立しようとしているところ、大統領の息子にして子爵家のパースリが、ひょっこり姿を現す。
チュトロが歩み寄って言葉を掛ける。
「ドリンク民国からは、いつ戻ったの?」
「昨晩の遅くです。農作物の病気に関する調査が思いの外、順調に進みまして、予定より三日も早く帰れました。それでロッソから、パンゲア帝国のラムシュレーズン女王陛下が、はるばるお越しになっておられると聞き及び、夜が明けたら一番に参上しようと考えていたのです」
「パースリ、一番どころか、既に四つ刻半だぞ。まさか寝過ごしでもしたのか?」
「はい。父上の仰る通り、恥ずかしながら、ボクは生涯で初めて寝過ごしてしまいました。なにしろ昨日まで、不眠豆を服用することなく、ほとんど不眠で働いておりましたものですから、今朝ばかりは、夜明けの刻限に起床が間に合いませんでした」
「無理をするものでないぞ。若いといえども、一人に一つだけの身体は、なるべく大切に使わなければならない」
「承知致しました!」
パースリは、神妙そうな表情でハタケーツ大統領に軽く一礼してから、視線をラムシュレーズンの顔面へ向ける。
「この度は女王陛下にご就任遊ばされまして、祝着の至りでございます!」
「ご丁寧に、どうもありがとうございます。でも、あたくしが女王であろうと、以前と同様の口調でお話しになって下さいまし」
「いえいえ、滅相もございません! このパースリ‐ヴィニガ、風変わりな学者とみなされるのは一向に構いませんけれど、身のほど知らずとだけは、人々に思われたくありませんから」
「まあヴィニガ子爵さん、実直でいらっしゃるのね。おほほほ」
突如、荷物と鎖鎌を手に持ったジャンバラヤ氏が現れる。
パースリが彼に気づき、少しばかり驚いた表情で問う。
「どうしてエルフルト共和国に?」
「お前は誰だ!」
「ボクをお忘れでしょうか。全世界学者のパースリ‐ヴィニガですよ?」
「忘れるもなにも、一度すら知り合ったことなど、ありはしない!」
ここへショコラビスケが口を挟んでくる。
「パースリさん、残念な事態になっちまってるから、少しばかり覚悟して聞いて下せえ。今のジャンバラヤさんは、俺たちのことを、なにもかもお忘れなのでさあ。つまり記憶の喪失が、いっそう酷いってえ訳だぜ!」
「なるほど。そういう状況でしたか」
「だからよお、俺たちが銀海竜の逆鱗を手に入れて、ジャンバラヤさんに服用して貰おうってえ計画を練っていたところでさあ」
「ええっ、銀海竜の逆鱗を!?」
「そうですのよ。服用する銀海竜逆鱗が新鮮なら、ジャンバラヤさんには、記憶を取り戻す見込みがあると、マカレルさんが仰いました」
ショコラビスケに代わって、ラムシュレーズンが補足的説明を話した。
するとパースリは得心に至り、銀海竜討伐に参加したいと申し出る。
横で聞いていたジャンバラヤ氏が、怪訝そうな表情で、やや冷たい視線を浴びせながら話す。
「オレさまの記憶を取り戻す作戦は危険極まりない。お前のような痩せ学者が一緒だと、きっと足手纏いとなる以外、まともな役割がないに決まっている!」
「よくもまあ、遠慮なく言って下さいますね。あなたはお忘れでしょうけれど、このボクも以前、あなた方とともに、アラビアーナの地下迷宮を探索して、無事に帰還を果たしたうちの一人ですよ?」
「なんだと、真実か!?」
これにはラムシュレーズンが即答する。
「ええ、もちろんですとも。パースリさんが同行して下さったお陰があって、あたくしたちは、過酷な地下迷宮を通過できたのです」
「ラムシュレーズン女王陛下のお言葉なら、紛れもなく真実に相違ない。しかし、おそれ入ったものだ! 痩せ学者とほざいて済まなかった。よろしく頼む!」
「はい、こちらこそ」
こうして、銀海竜討伐にはパースリも参加することとなる。




