《★~ 女王の人助け(二) ~》
ローラシア皇国の領土内は民たちに手を振って応じる必要もなく、迅速に進んで北西部国境門を越え、夜の帳が下り始める頃、ポワロの街に到着した。
一行は大統領府の迎賓館に宿泊する取り決めとなっており、急きょ旅の道連れに加わったジャンバラヤ氏も、ショコラビスケ、キャトフィシュおよびシルキーと同じ部屋で夜を過ごす。
純水の日の朝を迎えた地上は、いつにも増して澄んだ輝きに包まれている。
少なからず豪勢な食事を済ませた後、ラムシュレーズンが一人、ハタケーツ大統領との会談に臨む。他の者たちは、街へ散策に出掛ける。
史上初めてとなったパンゲア帝国女王とエルフルト共和国大統領の対談が滞りなく進行し、「両国の結びつきを強化するのが、お互いの利益に繋がるはず」という結論に達した。
中でも、先代女王の母であるベイクドアラスカによるメン自治区への侵攻により反故となった「ローラ・パンゲ・エルフ三国協定」の回復を、双方が望んでいるのだと知り得たことは、特に有意義な成果と言えよう。
会談が終わってから半刻ばかりして、ポアロの街に繰り出していた者たちが大統領府に帰り着いた。
早速、ジャンバラヤ氏が診察を受けるために、マカレルの待っている第一医務室へ赴く。これには、ラムシュレーズンが同行するだけでなく、どういう風の吹き回しか、ハタケーツ大統領も自ら立ち合いの役割を買って出た。
・ ・ ・
ジャンバラヤ氏を前にして、マカレルは、いわゆる「問診」を一通り行った後、医療道具として愛用している鉄槌を握り締め、ジャンバラヤ氏の後頭部をコツコツと軽く叩いた。
「痛みを感じましたか?」
「いいえ、痛くも痒くもありませんでした」
「では、もう少しばかり強く叩きます」
「どうぞ」
マカレルは、いっそう力を込めて鉄槌を打ちつけた。
「うっ、痛い!!」
「ごめんなさいね。でも、痛みを感じるのは、頭部の状態がそれほど悪くなっていない証なのです」
「最初は痛みを感じなかったのだから、オレの頭は悪くなっているのですか?」
「ええ、ほんの少し鈍くなっているようです」
「治癒できますか?」
「希少な秘薬を服用すれば、少なからず見込みはありますけれど……」
マカレルが言い淀むので、後方で一部始終を観察していたハタケーツ大統領が、おもむろに口を開く。
「医療大臣、どのような秘薬が必要なのだい?」
「率直に申しますと、銀海竜逆鱗にございます」
「ああそれなら、医療省が保有していたのではないかな?」
「はい。あるにはありますけれど……」
「だったら、出し惜しみするまでもない。悪くなってしまっているジャンバラヤ氏の頭を治すために、喜んで進呈すればよい。彼は他でもなく、パンゲア帝国女王のお知り合いなのだからなあ」
ハタケーツ大統領が言い放ってから、ラムシュレーズンに笑顔を向ける。
するとマカレルは、辟易したような表情と口調で話す。
「大統領は、誤解をなさっておられます。出し惜しみをしようなどという魂胆は、わたくしの胸の内には、砂粒の大きさすらもございません。医療省が保有しています銀海竜の逆鱗は、決して新鮮とは呼べない代物ですから、服用したところで、失っている記憶が戻る見込みが薄いのです」
「おお、そのような事情であったか。失礼をばしたものだ……」
「滅相もございません。わたくしの方こそ、先ほどの説明が不十分でしたことを、謹んでお詫び申し上げます」
謝罪の言葉を掛け合う二人の間に、ラムシュレーズンが割って入る。
「マカレルさん、新鮮な銀海竜逆鱗を得られましたら、ジャンバラヤさんは、記憶を取り戻せますのかしら?」
「仰せの通りです」
「でしたら、あたくしたちの集団が銀海竜討伐へ出向きましょう」
「な、なんと!?」
「女王陛下が銀海竜討伐を??」
驚愕の気色を隠し切れないハタケーツ大統領とマカレルである。
ラムシュレーズンは、嬉々とした笑顔で返答する。
「はい! なにしろ、あたくしは女王であると同時に、探索者ですもの」
これを聞いたハタケーツ大統領は、決して口には出さないけれど、「命の危険を冒してまで、人助けの優先を考えるとは、まさしく前代未聞の女王に相違ない」とつぶやかざるを得なかった。マカレルにしても、似たような思いを胸に抱く。
その一方で、ジャンバラヤ氏は、「他人に頼っているようでは、鎖鎌の使い手が廃る!」と自身を戒めた上で、銀海竜討伐への参加を決める。




