《★~ アタゴー山麓西門食堂 ~》
人族の若い男性が注文を伺うために現れた。
見知らない者なので、ラムシュレーズンが問う。
「店主のフラウンダ‐ソールティさんは、どうなさいまして?」
「七日くらい前から腰痛に苛まれてしまい、どうにも仕事に手がつかないため、今は養生しております」
「まあ、大変ですこと。そうしますと、あなたさまが、新しく店主の地位に就かれましたのね?」
「いいえ、違います。なにしろボクは親爺の代理人に過ぎませんから」
「あら、そうですのね。あたくしは、月系統魔女族のラムシュレーズンです」
「申し遅れました。ボクの名前はサーディーン‐ソールティです」
二人の会話に、ショコラビスケが割り込んでくる。
「俺さまは熟練者と呼ぶに値する探索者、ショコラビスケだ!」
「僕は新進気鋭の探索者、キャトフィシュ‐ストロガノフです」
「同じく新進気鋭の探索者、シロミ‐デッシュにございます」
「分かりました。兎も角、ご注文をお決めになって下さい」
サーディーンは、雑談を終えて真面目に職務を続けようとした。
突如、離れた場所で大声が放たれる。
「おいこらサーディーン、この料理は不味いぞ! 期待外れにもほどがあるというものだ!」
彼の声と口調に聞き覚えがあり、ラムシュレーズンとショコラビスケは、咄嗟に奥の食卓へ視線を向ける。二人の予期した通り、知人の姿が見つかった。
サーディーンは「済みません!」と答え、顔面を蒼白にして駆けつける。
その様子を眺めながら、ショコラビスケが呆れたような面持ちで話す。
「注文伺いの途中で立ち去りやがった」
「緊急を要する事態のようですし、無理もありませんわ」
「そりゃあそうでしょうが、まさかこんなところで、ジャンバラヤさんに遭遇するとはなあ……」
横からキャトフィシュが問い掛けてくる。
「怒鳴ったお客は、首領とショコラ兄さんのお知り合いでしょうか?」
「おうよ。あそこの食卓で鎮座していやがる男は、鎖鎌の使い手として名を馳せたアンドゥイユ‐ジャンバラヤだ。俺たちが金竜討伐に挑んだ際、ともに戦った仲間の一人ってえ訳さ」
「なかなかにお強そうですねえ」
「この俺さまほどじゃあねえが、マトンさんに勝るとも劣らねえ実力を持ち合わせていやがる。それよりもキャトフィシュよお、奴の名前だけは、くれぐれも間違えるなよ。怒りっぽい気質だからなあ」
「あたくしも間違えて、酷く叱られたことがありますわよ」
ラムシュレーズンたちは、他愛のない会話を続けていた。
その一方、サーディーンが全身全霊でジャンバラヤ氏に謝罪の言葉を伝えているところ、老男性が杖を使って、ひょっこり姿を現す。
「これは一体どういうことだ!!」
「ああっ、親爺!? そんなに無理をすると、悪い腰に障ってしまうよ。さあ早く邸に戻って、しっかり養生してくれ」
「つべこべ抜かすな! 腰の具合よりも、この食堂こそが一番の懸念だ。しばらく休むと決めたはずなのに、どうしてお前が勝手にやっているのだ!」
この老男性は他でもなく、店主のフラウンダである。腰がよくなるまでの間、やむを得ず休業にしたのに、未熟な息子が独断で代理人になって食堂を営んでいると聞き及び、重い腰を上げてきたという。
サーディーンは、泣きながら弁明を試みる。
「先祖代々続く、このアタゴー山麓西門食堂が危機に瀕していると思うと、じっとしていられなかったのだよ!」
「お前の気持ちも、わしの腰と同じくらい痛いほど分かる。しかし、不味い料理をお客さまに提供したとあっては、本末転倒と言わざるを得ない」
二人が問答をしているところ、ラムシュレーズンが近寄って口を挟む。
「深刻な事情のあるのは重重に承知の上で、一つ進言させて頂きましょう」
「お嬢さん、どのような進言ですかな?」
「フラウンダさんは、息子さんとアマギー山麓温泉へ赴いて下さいまし。そこのお湯は、腰痛や神経痛に効きますから、三日ばかり毎日浸かれば、きっと快癒するに違いありません」
「アマギー山麓温泉なんてのは、聞いたことすらないが……」
「パンゲア帝国にあります。エルフルト共和国との境界に近いところですわ」
「承知しました。親切にお教え下さり、心より感謝します」
「このボクからもお礼を述べます」
サーディーンが涙を流しながら、深々と頭を下げた。
「まずは親爺の腰を治すのが先決だと、ようやく分かったのです。本当にありがとうございました!」
「いえ、どう致しまして」
昼餉は済ませられなかったけれど、ラムシュレーズンは少なからず清々しい気持ちで、アタゴー山麓西門食堂を後にする。




