《★~ 女王の重要職務(三) ~》
夕刻を迎える頃、マカレルとヘリングが地上に戻り、デミタスに誘われて第一迎賓室にやってきた。
早速、ラムシュレーズンが尋ねる。
「マカレルさん、パンゲア地下自治区へ赴かれて、いかがでしたか?」
「二度と会えないと諦めておりました兄の姿を見られただけでも、十分に有意義な訪問でした。そればかりか、兄が腕を奮ってくれた料理を味わいながら、ゆっくり話ができましたので、この上ない幸運と思います」
「それはなによりでした。ヘリングさんはどうでしょう?」
「わたくしも母と同様、格別な体験をさせて頂くことができまして、ラムシュレーズン女王陛下には、並並ならない感謝の気持ちで胸が一杯にございます。伯父の方も、わたくしとの対面を喜んでくれました」
「そうですか。マトン‐ザクースカさんにとっても幸いでしたのね?」
「はい」
嬉しそうな様子のヘリングである。
一方、ラムシュレーズンは少しばかり安堵できた。地下で暮らす人たちの中に、地上からの往来を迷惑に感じる者がいるのではないかと懸念していたけれど、そうでない者が一人でもいると分かったのだから。
今度は、マカレルがラムシュレーズンに問い掛けてくる。
「探索者集団の首領をお続けになるという噂は、真実でしょうか?」
「ええ、紛れもなく真実ですわ」
「まさに、前代未聞の女王陛下にございます」
「そうですわね。うふふ」
「次の探索は、どちらへお向かい遊ばしますか?」
「エルフルト共和国の大統領府ですのよ」
「あら、もしかしますと、ハタケーツ大統領との会談を目的とされておられるのでございましょうか??」
「仰る通りです」
「それもまた、前代未聞の職務となりますね!」
マカレルは少なからず驚いた。パンゲア帝国王が自ら他国へ赴くのは極めて稀であり、特に女王の地位でエルフルト共和国を訪問した者は、過去に一人としていないのだから、これは無理もないこと。
この夜、マカレルとヘリングは、ラムシュレーズンが主催する「夕餉の立食会」に参加してから、パニーニ大旅館へ移動して一晩を過ごすのだった。
・ ・ ・
パンゲア帝国紀年で九百と四年、第十二の月の十五日目を迎えた。
四つ刻半、帝国女王馬のワイトローラルに騎乗したラムシュレーズンが、今まさにエルフルト共和国へ向けて出立する。護衛を務めるのは、「栗色の宝石」という意味の名を持つチェスナトヂューエルを駆るキャトフィシュ、および自らの足で走るショコラビスケである。
さらに、誉れ高い「パンゲア帝国王室第一使い鷲」の地位を得た白頭鷲のシルキーと、「パンゲア帝国王室第四使い竜」の薄薔薇花飛竜に乗ったシロミが、上空を監視しながら飛んでくる。
帝国王室の敷地を出てから、しばらく進んだところ、チェスナトヂューエルと並んで駆けるショコラビスケがキャトフィシュに話し掛ける。
「この俺も飛竜の背に乗って、大空を飛び回ってみたいものだぜ!」
「ショコラ兄さんにおかれましては、強い脚力と持久力をお持ちですから、飛竜の助けなど、砂粒の大きさすらも不要でしょう?」
「そりゃあそうだぜ。キャトフィシュに一本取られちまった。がっほほほ!」
走りながら大笑いするショコラビスケである。
そんな彼を尻目に、馬上のキャトフィシュは、胸の内で「巨体のショコラ兄さんが乗ると、さすがに薄薔薇花飛竜といえども、飛ぶのに苦労するだろうなあ」とつぶやかざるを得ない。
至るところで御布令之書が出されており、女王のエルフルト共和国訪問が広く知れ渡っている。それがため沿道に多くの民が集結し、「女王陛下、万歳!」と歓声を上げて心から祝福するのだった。そのような箇所を通る際、ラムシュレーズンは、ワイトローラルに常歩の指示を出し、微笑みを浮かべながら大きく手を振って応じる。こうして民に親しみを滲ませるのも、他国へ出向くのと同じように、パンゲア帝国女王として前代未聞の行為に相違ない。
やがてアタゴー山麓西門に到着し、検問を通過したラムシュレーズンたち一行は、休憩をかねてアタゴー山麓西門食堂で昼餉を済ませることにする。




