《☆~ パンゲア銀毛牛の規制 ~》
会談が終わり、三人はオクラ氏の邸宅を後にした。
道に出るや否や、ショコラビスケが意気揚々と口を開く。
「首領、こうして地下街にやってきた訳だからよお、牛肉食堂に立ち寄って、減った腹を満たすってえのはどうですかい?」
「あたくしは、その提案に賛同しますわ」
「おうおう、そうと決まれば、さあ行きましょうぜ!」
ショコラビスケが嬉々とした表情で歩きながら、牛肉食堂は地下街で一番に美味しい食事処だということを、サトニラ氏に伝えた。
するとサトニラ氏は、ふと思った疑問を口にする。
「パンゲア帝国内で一番に豪華な宿屋として名高いパニーニ大旅館の食堂と比べますと、どちらの出す料理が美味なのでしょうね」
「俺さまの見立てだと、今から赴く牛肉食堂の厚切り牛肉は、パニーニ大旅館で食せる料理に勝るとも劣らねえでさあ。がっほほ!」
「その通りならば、実に素晴らしい状況だと言わざるを得ません」
ショコラビスケに代わって、ラムシュレーズンが説明を加える。
「牛肉食堂さんも、食材の牛肉はパンゲア銀毛牛ですのよ」
「女王陛下、それは本当でしょうか!?」
「もちろんですとも」
「大いに驚きました。パニーニ大旅館の食堂に勝るとも劣らないという、ショコラビスケさんの見立ては、正鵠を射ているに違いありません」
サトニラ氏は得心に至った。
一方、ラムシュレーズンは、以前この道を通った際、「小料理屋マトン」という名の食事処があり、別の場所に移転したことを思い出す。
「小料理屋を営まれているマトン‐ザクースカさんが看板を運んでおられたところ、ショコラビスケさんがお助けしましたわね。覚えておいでかしら?」
「そんな経験もあったかもしれねえでさあ。なにしろ俺さまは、美味い牛肉の味は覚えているが、他の些事はほとんど、一晩ぐっすり寝ると、綺麗さっぱり忘れてしまうのでさあ」
「マトン‐ザクースカさんのこともお忘れですの?」
「おうおう、マトンさんと同じ名前の爺さんなら、たった今、思い出したぜ! 俺の記憶も、そんなに悪くなかったなあ。がほほほ!」
得意気に笑うショコラビスケを尻目に、ラムシュレーズンは、胸の内で「ザクースカさんの妹さんでいらっしゃるマカレルさんに、この地下街が、最早《入ってしまうと決して地上へは戻れない牢獄》ではないのだと、早急にお伝えして差し上げましょう」とつぶやくのだった。
やがて目的の「牛肉食堂」に辿り着き、三人は厚切り牛肉を注文する。
一切れを食し終えたサトニラ氏が、しみじみと語る。
「改めて、パンゲア銀毛牛の美味しさを実感できました。この食材が、もっと多くの食事処で出せるようになれば、大勢の民が喜ぶに違いありません」
「でもパンゲア銀毛牛は、とても希少なのでしょう?」
「仰せの通りにございます。規制があり、多くを育てないためです」
「あらまあ、そうですのね」
ここへショコラビスケが口を挟んでくる。
「だったら、その規制てえのを即刻、取りやめちまえばいいでさあ?」
「そうしたいのは山山なのですけれど、こればかりは政策官が決める訳にいかない事情があり、簡単には撤廃できません」
サトニラ氏は、パンゲア帝国が特別な品目に規制を施している現状について、詳しく説明した。食材に関しては、どこに卸すかを食材官の立場にある者が決めているという。
「パンゲア銀毛牛は、パニーニ大旅館の食堂と、あと二つの食事処にしか卸されていません。それが、まさか地下街にも卸していようとは、このバトルド‐サトニラですら、本日に至るまで、まったく気づきませんでした。地上へ戻り次第、食材官長に問い掛けてみようと思います。パンゲア銀毛牛の規制を撤廃して貰えないか、じっくりと話をするつもりです」
「是非とも、そうなさって下さいまし」
「サトニラさんよお、しっかり頼みますぜ!」
「はい、承知しました」
サトニラ氏が頭を一つ縦に振る。
ラムシュレーズンとショコラビスケは、パンゲア銀毛牛の規制が撤廃される日のくることを願いながら、引き続き、厚切り牛肉に舌鼓を打つ。




