《☆~ パンゲア地下自治区 ~》
キャロリーヌが女王の地位に就いてから丸六日が過ぎた。今では、十七年間ずっと馴染んできたキャロリーヌ‐メルフィルという氏名を捨て去り、魔女名のラムシュレーズンを名乗っており、周囲の者からも、そのように呼ばれている。
本日は七日周期の三つ目、森林の日で、待ち侘びていたところ、女王の居室にサトニラ氏が姿を現す。
「ラムシュレーズン女王陛下、地下街に食材を卸す仕度が整っております」
「では早速、出立しましょう」
サトニラ氏の口にした「地下街」は、かつて騒動のあった「パンゲア地下牢獄」に他ならない。新しい女王の即位を機に、森林の日に限り、誰に対しても出入りの許可を認めることを取り決めたので、最早、牢獄という呼称はふさわしくない。
ラムシュレーズンは嬉々とした表情で、サトニラ氏および同行を希望したショコラビスケとともに出掛けた。
地下街の「中央大市場」では本日、卸問屋の市が立ち、料理屋を営む者たちが食材の仕入れに訪れており、賑わいを極めている。
突如、ショコラビスケが大声を発する。
「がほっ、牛肉食堂の爺さんじゃねえか!」
「あんたは以前、わての店で食事をして下さったお客ですね」
「おうよ、俺は熟練者と呼ぶに値する探索者、ショコラビスケだぜ!」
「こんにちは、クロウシさん」
「お嬢さんもご一緒でしたか。確か、キャロリーヌ‐メルフィルという、ご立派なお名前をお持ちでしたね?」
「はい。でも今は、ラムシュレーズンと名乗っておりますの」
「そうでしたか」
ここへサトニラ氏が口を挟んでくる。
「ラムシュレーズン女王陛下、代理人が、きっと首を長くしてお待ちになっているかと思われます」
「分かりましたわ。ではクロウシさん、どうかお健やかに」
「女王陛下であられたとは、砂粒の大きさすらも知らなかったとはいえ、ご無礼致しまして大変申し訳なく存じます!」
「お気になさらずとも構いません。あたくしは、どなたに対しても敬意を払って接する女王でありたいのです」
「なんと、慈悲深くあられることか!」
クロウシ氏は感動のあまり、しばらくの間、直立不動のまま瞳から大粒の涙を溢し続ける。
ラムシュレーズンたちは速やかに立ち去った。
先ほどサトニラ氏が言った「代理人」は、亡くなった長老の代理人を務めている者で、この度、帝国王室が地下街の長老に推薦することにしたニシメ‐オクラという人族女性である。
一行がオクラ氏の邸宅に到着すると、発光茸茶が振る舞われ、少し落ち着いたところで会談を始める。
まずサトニラ氏が口を開く。
「先日、伝書にてお知らせしました通り、差し当たっては、七日周期の三つ目に限り、地上と地下の往来を許可するようになりました。ゆくゆくは毎日、なんら支障なく出入りできるようにと考えております」
「往来ができるようになったところで、この地下街がパンゲア帝国の属領である点に変わりないのでしょう?」
「あなたが独立国家の建設を目指す独立支持の立場におられるのは重重承知の上にございます。その一方で、隷属支持の者たちも少なくないはずです。急進的な政策は、現状の均衡を壊すおそれがあります。そこで我らパンゲア帝国は、この地下街を正式に自治区として認定するのが望ましいと判断するに至りました」
「ご尤もな道理です」
「そうしますと、ご賛同頂けるのですか?」
この政策については、サトニラ氏たち政策官の考えに過ぎず、ラムシュレーズンは一つとして口を挟んでいない。
しかしながら、女王の立場としては、まったく関与しないままでは済まされないため、こうして会談の席に座っている。
オクラ氏が発光茸茶を飲み干した上で返答する。
「承知しました。この私、ニシメ‐オクラが、謹んでパンゲア地下自治区の一代目長老を拝命させて頂きましょう」
パンゲア地下自治区の誕生は、やがてグレート‐ローラシア大陸中に広まり、女王が政治には直接的な関わりを持っていないにも拘わらず、「ラムシュレーズンの政策」として、なかなかに高い評価が集まることとなる。




