《☆~ 統治しない女王(二) ~》
キャロリーヌがラムシュレーズンを名乗り、次の帝国女王に即位する日は、パンゲア帝国紀年で九百と四年、第十一の月の二十五日目に決まった。
至るところで御布令之書が大量に出されて広く知れ渡り、早くも新しい女王に対して、民の多くが、並並ならない期待を抱いている。
帝国王室がこれまで守ってきた慣習に従うとすれば、就任式は、王室の敷地の半分近くを占める第一演習場に百万の衛兵が参列して、盛大に執り行われる。しかしながら、今回ばかりは、サトニラ氏が、この慣習をあえて打ち破り、辺境の村へ出向いた上で、簡素な戴冠の儀を催してはどうかと、異例な方針を提唱した。これには、権威の揺るいだ帝国王室を立て直すための端緒にする狙いがある。
キャロリーヌは快く賛同し、祖母のオイルレーズンと最後に旅をした際、足を休めた土地だという理由で、アマギー山麓に近いパオズ村を選んだ。
いよいよ戴冠の儀が明日に迫り、キャロリーヌは、探索者集団の面子たち、サトニラ氏および彼の部下三人とパオズ村にやってきて、アマギー山麓温泉旅館に宿泊した。
夜が明け、日の光の星が見え始める二つ刻半、キャロリーヌが、胴着の上に外衣を羽織り、下には馬乗袴を身につけた姿で旅館から出てきた。
パオズ村の長老が、小麦の藁で作られた質素な王冠を頭に載せてくれる。キャロリーヌが「どうもありがとうございます」と礼儀正しく振る舞ったので、長老は、感動のあまり咽び泣くのだった。
こうしてキャロリーヌが、ラムシュレーズン女王として第百二十六代のパンゲア帝国王に就任した。戴冠して最初の朝餉となる乳酪巻き麺麭を食し、長老が自らの手で収穫して絞った蒼汁と呼ばれる苦い野菜汁を飲む。
サトニラ氏と部下たちが、どこからか、立派な白い牝馬を連れてくる。
「ラムシュレーズン女王陛下におかれましては、帝国女王馬の武装乙女号をお駆り遊ばし、帝国王室へ帰還して頂きます。沿道には、おそらく、女王陛下のお姿を一目見ようと望む大勢の民が集結しているでしょうから、なにとぞ片方のお手を振って、親しみを滲ませておやり下さりませ」
「分かりました。でも、このお馬が武装乙女という名で呼ばれますのは、道理として間違っていますわねえ。なにしろ、あたくしはパンゲア軍の総大将なぞではありませんもの」
「はっ、左様にございますね。そうしましたら、女王陛下がふさわしい名前をお与えになって下さい。帝国女王馬にとって、一番に幸いと存じます」
「では、ワイトローラルとしましょう」
「なかなかに気品の漂う名前にございます」
「そうですか。うふふ」
キャロリーヌは、早速、帝国女王馬の背中に乗る。
先導の役は、かつてマトンの愛馬だったチェスナトヂューエルに騎乗したキャトフィシュと、自らの足で走るショコラビスケが務める。加えて、シルキーが進路の上空を旋回し、警戒を怠らない。
沿道で待ち構えていた民たちが皆、「女王陛下、万歳!」と叫び、心から祝福してくれた。そのような者たちが集結している箇所を通る際、ワイトローラルに指示を出し、いわゆる「常歩」の足並みで歩行する。一方、キャトフィシュとショコラビスケは、さも誇らしげな表情だった。
キャロリーヌは、サトニラ氏の言葉も忘れることなく、微笑みを浮かべ、馬上から右の手を大きく振っていた。
途中に休憩を挟みながら進み、夜中になり、ようやく帝国王室に帰還した。
すっかり疲れたキャロリーヌだけれど、先導を立派に果たしたキャトフィシュとショコラビスケ、警戒の任に就いていたシルキー、同行してくれたシロミ、サトニラ氏および彼の部下三人に向かって深々と頭を下げ、労いの言葉を掛ける。
サトニラ氏は、瞳を潤ませながら、「女王陛下がこのように慈悲深くあられるのだから、たとい統治なさらずとも、新しいパンゲア帝国王室は、かつてないほどの素晴らしい国家になるはず」と確信するに至った。