《☆~ 統治しない女王(一) ~》
エルフルト共和国の大統領公邸、食堂でキャロリーヌたちの探索者集団と相談役を務めるマトンが、大統領夫人であるチュトロと一緒に昼餉を済ませ、大統領府御用達の玉葱の皮茶を飲んでいるところ。
チュトロが手にしていた茶碗を置き、穏やかな表情で口を開く。
「キャロリーヌさん、よい機会でしょうから、例の一件について、この場で打ち明けてみては?」
「ええ、あたくしも丁度、そう思っておりましたの」
「おうおう、首領キャロリーヌ女史、一体なんの話ですかい?」
「次のパンゲア帝国女王には、あたくしが就任しますわ」
「がっほ!」
「きゅっ!」
「本当に??」
当惑した気色で声を発したショコラビスケとシルキーとキャトフィシュ、および無言のシロミを前にして、キャロリーヌが平然と答える。
「はい、紛れもなく本当ですわ。先日、黄土色湖畔でサトニラさんと密談し、そのように決断するに至りました。以前、先代の首領さまから、あたくしには王位継承者としての義務があるとお聞きしました。ですから、いざという時には、女王となる覚悟を持っておりましたの」
「そいつは初耳だぜ!」
突如、政務官の女性に誘われて、パースリが入ってきた。
「母上、お呼びと聞き及び、急いで駆けつけました」
「お座りなさい」
「はい」
パースリは、空いている席の一つに腰掛けた。
シロミが丸壺を手に取り、新しい茶碗に玉葱の皮茶を注いで差し出す。
「ありがとう」
「どう致しまして」
「ふう~、いい香りだなあ。心も身体も落ち着くよ。ところで母上、今日は、どのような用件でしょうか?」
「まずは、パンゲア帝国で見聞きしたことを報告して頂戴」
「了解しました」
パースリは、サトニラ氏の演説内容、および参列者の反応について、ありのままに一部始終を伝える。
彼の話が終わるや否や、ショコラビスケが真っ先に声を上げる。
「この俺さまにとって唯一無二と呼ぶに値する大切な釣り師の仲間に、あろうことか泥の玉を投げつけやがり、無礼言まで働いたってえ不埒な輩には、その後どんな処罰が与えられたでさあ?」
「パエリア氏なら、なにごともありませんでしたよ」
「無罪放免ですかい。さすがに、サトニラさんは温厚だぜ。がっほほほ!」
朗らかな顔面を見せるショコラビスケである。
パースリが、少なからず嬉しそうに問う。
「サトニラ氏が演説で話していたラムシュレーズン王女殿下というのは、他でもなく、キャロリーヌ嬢なのですね?」
「仰せの通りですわ」
「パースリさんよお、女王就任の話題が持ち上がっていたところでさあ!」
「それなら、ボクもじっくり聞かせて貰いましょう」
「俺は歓迎するぜ。首領もそうでさあ?」
「もちろんですとも」
キャロリーヌは、改めて女王就任を決断するに至った経緯を話した。
これを聞いたパースリが神妙そうな表情で尋ねる。
「女王の地位に就かれるのでしたら、キャロリーヌ嬢は探索者集団をお抜けになるのでしょうか?」
「がほっ、そうなってしまうのですかい??」
「帝国女王として君臨すれば、もう探索へ出掛けられませんね……」
ショコラビスケとキャトフィシュは、当惑の表情を隠し切れない。
その一方で、キャロリーヌが頭を横に振る。
「あたくしは、女王となってからも、探索者の首領を続けるつもりです。国の王であろうと民であろうと、誰もが働かなければなりません。君主こそ先頭に立って働くことが、国家を豊かにする上で一番に大切と思うからです」
「女王の生業が探索者というのは、きっと前代未聞ですね」
「そうでしょうね」
キャトフィシュに向かって、キャロリーヌが微笑んだ。
続いて、ショコラビスケが疑問の言葉を投げる。
「だけどよお、民を支配しねえのですかい?」
「支配なぞ致しません。政治はサトニラさんたち政策官のお仕事ですし、パンゲア軍の総大将にしましても、衛兵のどなたかにお任せするのがよいに決まっていますから。あたくしは、あたくしの成し遂げられる職務に専念しますわ」
「つまり、女王は君臨するけれど、統治しないのだね」
マトンが簡明な説明を加えたお陰で、皆が得心に至るのだった。




