《☆~ サトニラ氏の演説 ~》
当代の女王と先代王の第三王妃が地下牢獄に隠れたという前代未聞の話題は、パンゲア帝国のみならず、他の国と地域にも広まった。
全世界学者を生業とするパースリ‐ヴィニガの耳にも届き、それによって全世界がどのような影響を受けるかについて研究したいと考え、彼は帝国王室まで足を運んできた。丁度この日、政策官長のバトルド‐サトニラが王室の敷地にある第二演習場で演説をすることになっており、特別に参列を認めて貰えた。
この場所は、広く浅い擂り鉢のように掘って造られており、百万人が入れる第一演習場と比べれば狭いけれど、それでも二十万よりも多い人々が集結した。
中央に立っているサトニラ氏は、参列者たちの多くから向けられる冷たい視線を感じながら、おもむろに口を開く。
「私には義務があります。私の愛するパンゲア帝国を、かつてそうであったように優良で文化的な最上の国家に立て直すため、粉骨砕身して働く義務です」
サトニラ氏はしばらく黙った。
このように大勢を前にした演説では、間に立つ者たちに中継して貰う必要があるため、後方まで伝わるのに少なからず刻を要する。
突如、泥の玉が飛んでサトニラ氏の頭部を掠め、落ちて砕け散った。
投げたのは近い位置にいた男で、その者が罵声を放つ。
「お前が頼りないからだ! その首に載っているのは模造頭か!」
周囲にいる数人の衛兵が俊敏に動き、この男を取り押さえた。
「離せぇ!! 俺は女王陛下の婿だぞ!」
男が暴れながら叫んだ。この者は、武術の競い会合に参加して人族男性の一番手になったイベリコ‐パエリアである。
彼の腕を掴んでいる衛兵小隊長が話し掛ける。
「政策官長さまに向かって悪態の言葉を放ったとあっては、たとい婿殿下でも首を跳ねられますよ」
「黙れ! 俺の首を跳ねたいなら、そうすればいい!」
サトニラ氏が、ようやく自身の沈黙を破る。
「衛兵小隊長、パエリア殿を離してやりなさい」
「え、政策官長さま、よろしいのですか!?」
「構いません。パエリア殿は真実を述べたに過ぎません。彼の言葉通り、私が頼りなかったのです。私の頭が模造だと思われて当然なのです。彼の首を跳ねる理由は一つとしてありません」
「分かりました」
衛兵小隊長と数人がイベリコの身体を解放する。
参列者たちが騒然としている中、サトニラ氏が演説を再開した。
まず先代王であるバゲット三世が本年第六月の二十八日目に逝去し、これまで伏せられていた旨が伝えられた。続いて、第七月の十日目に執り行われた女王就任式の際、落馬したボンブアラスカが死んでしまい、その二日後に改めて執り行われた就任式で、女王は替え玉だったのだと打ち明けられた。
「我らがパンゲア帝国の王室は永らく、このように国民を騙し、真実を隠すような悪い体制であり続けてきました。嘆かわしく思うと同時に、私もその片棒を担いでいたことを深く恥じています。帝国王室の権威は、落ちるところまで落ちてしまいました」
参列者の大多数が、泥の玉を投げたくなるような怒りの感情や、自分たちの国はどうなってしまうのかという不安な気持ちを抑えながら、サトニラ氏の言葉に耳を傾けている。涙を流す者も多くいた。
演説の話題は、十七年と八ヶ月の過去に遡った。バゲット三世の第二王妃だったドライドレーズンが、第一王妃の陰湿な嫌がらせに耐え切れず、とうとう帝国王室から抜け出すという事件である。
「当時、身篭っておられた第二妃殿下はお力をふり絞り、アタゴーの山中までご逃亡なさり、帝国王の第一子となる女子、すなわち第一王女を、その地でお産み遊ばしました。母子ともにご落命なさったとの報告がありましたけれど、後に偽りであることが判明しました。ラムシュレーズン王女殿下は、今なお、生き長らえておられるのです」
参列者たちが再び騒然となる。
帝国王の正統な継承者である第一王女が健在なら、替え玉の女王は最早どうでもよいのだった。
「ラムシュレーズン王女殿下を、我らがパンゲア帝国にお迎えし、次の帝国女王にご就任頂く予定となっています!」
サトニラ氏の演説が、これで終わった。
第二演習場に、大きな拍手と歓声が響き渡る。パースリも強く心を揺さぶられ、胸の内で「サトニラ氏は真の政策官に相違ない」とつぶやく。




