《★~ キャロリーヌの選択 ~》
こちらはエルフルト共和国の中央情報局、長官を務めるチュトロ‐ハタケーツが少なからず緊迫した面持ちで、諜報員からの報告に耳を傾けている。
パンゲア帝国王室で起きた一大事に関する御布令之書が、帝国の至るところで大量に出され、騒然とした状況に陥っているという。
諜報員が、持ち帰ってきた木材製紙をチュトロに手渡した。
その文面には、「ボンブアラスカ帝国女王陛下、並びに帝国女王の母殿下は、お立場を退き遊ばす英断をなさり、地下牢獄へお隠れになられた。次の帝国王がご就任遊ばすまでの期間、国民は慎ましく暮らすべし。パンゲア帝国、政策官長、バトルド‐サトニラ」と記されている。
チュトロが素早く目を通し、平静を装ったまま口を開く。
「ご苦労でした。続報を待つとしましょう」
「はっ!」
諜報員は腰を折ってお辞儀した上で、そそくさと部屋を後にする。
その一方で、チュトロは木材製紙を見つめながら、しばらく思案を続けた。
《このような御布令之書を見た国民が不安に駆られることくらい、聡明な政策官長として評判の高いサトニラ氏は承知のはずよね。きっと、なにか大きな意図があるに違いないわ》
ここに政務官の女性が、ひょっこり姿を現す。
「首領キャロリーヌ女史の探索者集団が、パンゲア帝国からご帰還されましてございます。お呼び致しましょうか?」
「そうね、キャロリーヌさんには、きて貰いたいところです。他の方々は、迎賓館で待機して頂きましょう。それから、剣の指導を務めて下さっているマトンさんもお呼びして頂戴」
「はっ、承知致しました!」
政務官は深々と頭を下げてから、颯爽と立ち去る。
十分刻ばかりが経ち、キャロリーヌとマトンが赴いてきた。
チュトロは安楽椅子を立ち、部屋の中央にある円卓に二人を誘って、早速、入手したばかりの御布令之書を見せる。
読み終えたマトンが、眉をひそめながら話す。
「パンゲア帝国で、また穏やかでない事態が起きてしまったか……」
「そのようです。お二人にきて頂いたのも、この件について、早いうちに意見を交わしておきたいと考えたからです。特に、帝国王室から戻られたキャロリーヌさんは、きっと詳しい経緯を知っておられましょうし、お話を聞かせて貰えると期待しています」
「仰せの通りです。あたくしは、先日、黄土色湖畔へ出掛け、そこでサトニラさんと密談をしました」
「なるほど、あの素晴らしい景観は、政治的な話をするのに打ってつけだよ」
マトンは得心に至った。
黄土色湖畔を知らないチュトロは、怪訝そうな表情で問う。
「キャロリーヌさん、密談とは、一体どのような話題ですか?」
「最初、それを聞くには覚悟が必要との旨、釘を刺されました。そして、この御布令之書に記されている通りの事態をお伝え下さいました」
「どうして、こんな酷い状況に陥ったのだろうか?」
ふと疑問を口にするマトンだった。
「帝国女王の母殿下がご発狂なさり、お倒れになったのです」
キャロリーヌは、サトニラ氏から聞いた一部始終を説明した上で、誰にも口外しなかった女王就任の件について打ち明ける。
聞かされたチュトロとマトンは、驚愕せざるを得ない。
「まあ、なんと!!」
「キャロル、本当かい!?」
二人を前にして、キャロリーヌは毅然と答える。
「もちろんですとも。あたくしは、正統な王位継承者のラムシュレーズンとして、サトニラさんに、固くお約束しました」
「そんな大役をあっさり引き受けてしまうなんて、キャロルは慎重な性格を失ったのだろうか?」
「仰せの通りです。あたくしは、選択を誤ったのかもしれません。でも、たといそうであっても、傾いたパンゲア帝国を立て直すのに、少しでも貢献したいと思い、決断に至った次第です」
「うん。僕はそれでいいと思うよ。正しいと信じた人生の選択なら、誤りは一つとしてないはずだからね」
「私もマトンさんに同意します。キャロリーヌさん、いえラムシュレーズンさん、あなたが次の帝国女王に就任なさった暁には、エルフルト共和国は、国を挙げて祝福の辞をお送りします」
「ありがとうございます!」
キャロリーヌは大いに励まされ、もう後戻りできないと覚悟を固めた。




