《★~ 帝国王室の意図(二) ~》
キャロリーヌは、食事を続けながら、どうして帝国王室に医療学者が必要なのかを考えるけれど、一つの推察すら頭に浮かばない。
いつになく神妙な表情の彼女に、ショコラビスケが問う。
「首領、そんなにも難しい顔面で食っていて、こんなにも美味い厚切り牛肉の味が分かるのですかい?」
「どのような顔面で食していようとも、しっかりと美味しさが分かりますわ。あたくし、牛肉は大好きですもの」
「がっほほ、それは俺さまも同じことでさあ!」
一頻り昼餉を楽しんだ後、キャロリーヌの率いる探索者集団、およびアズキとヘリングは、ジャムサブレーとチャツネに別れを告げ、帝国王室にやってきた。
政策官室に入ると、早速、サトニラ氏が話し掛けてくる。
「皆さま、ようこそお越し下さいました。まずは、腰を落ち着けて下さい」
「サトニラさんよお、最近はどんな調子ですかい?」
真っ先に座ったショコラビスケが、手で釣り用竿を扱うようにしてみせる。
サトニラ氏は、その台詞と動作が意味するところを瞬時に把握し、少なからず嬉しそうな表情で、両腕を広げながら答える。
「先日、これくらい大きな銀竜鯰を獲りましたよ」
「がっほ、そいつはすげえぜ!」
「せっかくの機会ですし、釣りを競い合いましょうか?」
「おうおう、望むところでさあ!!」
ショコラビスケとサトニラ氏が会話を続ける中、アズキが眉をひそめながら割って入る。
「お二人さま、楽しげに魚釣りの話題を弾ませておられるところ、遮ってしまうのは誠に心苦しい限りですけれど、医療学者である私たちに、一体どのようなご用向きがありますのでしょうか?」
「ああっ、大変失礼をば致しました! なにとぞお許し願います。唯一無二と呼ぶに値する釣り師の仲間と再会し、迂闊にも夢中になってしまったのです。あなた方との会見こそ、最優先に始めなければならないのに……」
サトニラ氏は、剃髪した頭を深々と下げるのだった。
そんな彼を前にして、アズキが口を開く。
「どうかお顔をお上げになって下さい。僭越ながら、名乗りを上げさせて頂きたく存じます。ローラシア皇国宮廷で二等医療官の地位にあります、アズキ‐チャプスティクスと申します」
「同じく二等医療官、ヘリング‐ザクースカにございます」
「申し遅れました。私は、このパンゲア帝国王室で政策官長を務めております、バトルド‐サトニラです」
キャロリーヌが、キャトフィシュとシロミに言葉を掛ける。
「あなた方も初対面ですから、ご挨拶なさっては?」
「そうですね」
キャトフィシュが返答した上で、サトニラ氏に視線を向ける。
「この度、晴れて首領キャロリーヌ女史が率いておられる探索者集団の面子に加えて貰った新進気鋭の探索者、キャトフィシュ‐ストロガノフです。まだまだ未熟ながら、父の後継として、剣士を務めております」
「あのマトン‐ストロガノフ殿に、このように勇ましいご子息がいらっしゃったとは、努努思いもよらない真相でした」
「それにつきましては、後でご説明させて頂きます」
キャロリーヌが補足し、続いてシロミが口を開く。
「サトニラ政策官長さま、お初にお目に掛かります。私も首領キャロリーヌ女史の集団に加えて頂きました新面子の一人、弓使いのシロミ‐デッシュにございます」
「ひょっとすると、弓の名門として広く知れ渡るデッシュ家のご令嬢ですか?」
「その通りです。尤も、父と母が他界しておりますので、名ばかりながら、この私が当代ということになります」
「左様でしたか。それはそうと、オイルレーズン女史は、本日お越しになりませんでしたが、ご息災でいらっしゃるでしょうか?」
「それにつきましても、また後でご説明させて頂きます。まずは、医療学者をお呼びになった目的をお話し下さいまし」
キャロリーヌが毅然とした態度で進言した。
対するサトニラ氏は淡々と話す。
「医療の発展は、国家をより豊かにする上で重要な政策の一つであると、私は常々考えております」
「確かに重要ですね」
アズキが素直に肯定し、隣りにいるヘリングも頭を一つ縦に振った。
「それでは今後、医療の知識を交換し合いましょう」
「よろしくお願い致します」
「賛同を頂けてなによりです。差し当たっては、これくらいを今日の成果としておき、早速、黄土色湖畔へ出掛けましょう」
「えっ?」
「は??」
唐突に会見が終わり、呆然となるアズキとヘリングだった。
キャロリーヌは、胸の内で「ジャムサブレーさんが仰った《今回の訪問は無駄足に終わるかもしれませんよ》という言葉が現実になりましたわね」とつぶやく。




