《★~ 帝国王室の意図(一) ~》
パンゲア帝国王室の政策官室に、ドリンク民国から赴いてきたばかりのジャムサブレーとチャツネが通された。
政策官の長を務めるバトルド‐サトニラが、入室した二人に笑顔を向けて、挨拶の言葉を掛ける。
「ようこそお越し下さいました。さあ、腰を落ち着けて下さい」
「はい」
チャツネは、円卓に備わっている椅子の一つに座る。
警戒心の強いジャムサブレーが立ったままでいるけれど、サトニラ氏は、なんら気にする様子を見せることなく、卓上の丸壺に手を伸ばす。
「小麦の焙煎茶はいかがでしょう?」
「頂きたく存じます」
チャツネが、少なからず緊張した面持ちで答えた。
用意されていた三客の茶碗に、温かい小麦茶が注がれる。
麦の芳ばしい香りが漂う中、早速、サトニラ氏が話を切り出す。
「医療の発展は、国家をより豊かにする上で重要な政策の一つであると、私は常々考えております」
「ご尤もな道理に相違ないです」
チャツネが即答し、ジャムサブレーは今なお、沈黙を続けている。
「それでは今後、医療の知識を交換し合いましょう」
「はい。素晴らしい方針と思います」
「賛同を頂けてなによりです。差し当たっては、これくらいを今日の成果としておきましょう。よろしかったら、昼餉を準備しますけれど、どうなさいますか?」
「え??」
唐突に会見が終わったので、チャツネは戸惑いを隠せない。
彼女に代わり、ジャムサブレーが口を開く。
「せっかくのご厚意ながら、私たちの昼餉は必要ありません。用件の済み次第、帰国の途に就くつもりですから」
「そうしましたら、またの機会を待ち望むとしましょう」
サトニラ氏が笑みを浮かべながら、別れの言葉を述べる。
パンゲア帝国王室を後にしたジャムサブレーとチャツネは、お馬を駆り、「小料理屋ピーツァ」という名の食事処にやってきた。
ジャムサブレーが問う。
「ここで昼餉にしようか?」
「賛成だわ」
二人は、近くの宿屋にお馬を預けてから食事処に入る。
チャツネが見覚えのある女性に気づき、ジャムサブレーに伝える。
「あちらの食卓にいらっしゃるお客は、アタゴー山麓西門で、あなたに話し掛けてきたお方じゃないかしら?」
「確かにその通りだわ。彼女たちも、パンゲア帝国の王室を訪問すると話していたから、その前に腹拵えをしているのでしょうね」
どの食卓でも誰かが陣取っているため、どこかで同席せざるを得ない。
ジャムサブレーとチャツネは、キャロリーヌたち一行およびアズキとヘリングがいる食卓に近づく。
キャロリーヌが二人に気づき、声を掛けてくる。
「またお会いしましたね。どうぞ遠慮なく、お座りになって下さい」
「是非とも、そうさせて頂くわ」
ここへ、店主のピーツァがやってきた。
「がおっす、注文どうなするが?」
「こちらのお勧めは、どのようなお料理かしら」
「厚切り牛肉がおっす!」
「では、それと海藻入りのスープを二人分ずつ頼みましょう」
「がおっす!」
ピーツァは、意気揚々と厨房へ向かった。
そんな獣族の後ろ姿を眺めながら、キャロリーヌが説明する。
「彼は、かつてパンゲア地下牢獄でお暮らしになっていましたの。あたくしたちと地上への生還を果たすことができて、こうして食事処を営んでおられますわ」
「そう」
ジャムサブレーにとっては、興味の湧かない話題だった。
横からチャツネが声を上げる。
「先ほどは名乗れませんでした。わたしは、ドリンク民国の生活省で副長官を務めています、チャツネ‐ケバブです」
「あたくしはキャロリーヌ‐メルフィルですわ。未熟ながら、探索者集団の首領をしております」
この二人に続き、他の者たちも手短に名乗り合った。
それから、ジャムサブレーが神妙そうな表情と口調で話す。
「医療官のお二人にとっては、お気の毒ながら、今回の訪問は無駄足に終わるかもしれませんよ」
「それは一体どういう意味でしょう?」
単刀直入に尋ねたアズキに、ジャムサブレーが打ち明ける。
「私たちは、先ほど帝国王室で会見を済ませたところです。話題に持ち上がったのは、《今後、医療の知識を交換し合いましょう》という一つでした。私は腑に落ちません。そのような提言だけが目的で、ドリンク民国とローラシア皇国に、優秀な医療学者の派遣を望んだパンゲア帝国王室の意図が分からないのです」
「そうでしたか。ご助言、ありがとうございます」
アズキは、平然とした面持ちを崩さない。
丁度ここへ、ジャムサブレーたちの注文した品が運ばれてきたので、一同は、しばらくの間、温かい料理に舌鼓を打つ。




