《☆~ 帝国の不穏な動向(四) ~》
こちらはエルフルト共和国の大統領公邸、食堂でキャロリーヌたちとチュトロが昼餉を済ませ、碧色茶を飲んでいるところ。
突如、大統領の地位にあるコラーゲン‐ハタケーツが現れる。
「ローラシア皇国のスィルヴァストウン一等政策官から伝書が届いている。キミの進めている作戦活動についてだ」
「待っていました」
チュトロが羊皮紙を受け取り、その文面に目を通す。
コラーゲンは、自分で茶碗に碧色茶を注ぎ、空いている席に座った。
一分刻ばかり沈黙の続いた後、チュトロが口を開く。
「こちらの希望通り、ヘリングさんが、皇国宮廷に所属する医療学者としてパンゲア帝国へ派遣されます。明日の五つ刻には、アタゴー山麓西門に到着できるそうですから、キャロリーヌさんたちは、頃合いを見計らって出立して下さい」
「分かりましたわ」
「五つ刻てえことは、昼飯には早いでさあ」
「ええ、そうですわねえ」
「だったら、俺たちは一体どこで昼飯を食うのですかい?」
「パンゲア帝国の中央に入ってからになるかと思います」
横からマトンが口を挟んでくる。
「ショコラ、明日は、食事が目的じゃないだろ?」
「おう、そりゃそうだぜ。がっほほほ!」
頭を掻くショコラビスケを尻目に、コラーゲンが口を開く。
「マトン殿も同行なさるのですか?」
「いいえ。僕は剣士を引退し、探索者集団から抜けている身ですので」
「若い探索者たちが出掛けると、暇を持てあますのでは?」
「確かにその通りです」
「もしよろしければ、エルフルト共和国のために、剣の指導者として、少しばかり力をお借りできないものだろうか」
軽く頭を下げるコラーゲンを前にして、マトンが即答する。
「是非ともお引き受けしましょう」
「感謝します。パンゲア帝国が不穏な動きをしている状況を、黙って見過ごす訳にいきませんからなあ。共和国軍の連中を鍛え直して下さい」
「承知しました!」
色々と話が纏まり、一同は引き続き碧色茶を楽しむ。
・ ・ ・
ドリンク民国で保健と医療を担当する行政組織は「生活省」と呼ばれ、これがエルフルト共和国の医療省に該当する組織と言えよう。
こちらにも、パンゲア帝国から「優秀な医療学者を派遣して貰いたい」と記された親書が届き、省庁の長官たちが集まって協議した結果、生活省で副長官を務めているチャツネ‐ケバブに任すことが決した。
道案内としてチャツネに同行する役割には、パンゲア帝国に赴いた経験を有するジャムサブレーという樹林系統の魔女族が抜擢された。彼女は、環境庁の副長官を務めており、チャツネとは、竹馬の友人と呼ぶに値する間柄なのだった。二人は今日、竹馬でなく、それぞれが本物のお馬に騎乗して、ローラシア皇国とパンゲア帝国の境に設置されている検問所の一つ、アタゴー山麓西門にやってきた。
「チャツネと二人で旅をするのは、十年ぶりかしら?」
「うん、いつの間にか年月が過ぎているねえ」
「まったく」
「今度は休暇で、遠出したいものだわ」
感慨深げに大空を仰ぐ彼女たちの背後で、若い女性の声が上がる。
「ジャムサブレーさんではありませんの!?」
「誰かと思えば、キャロリーヌさんでしたか。一体どういったご用向きで、このような場所に立ち寄られたのでしょうか?」
「パンゲア帝国の王室を訪問するためです」
「まあ奇遇だわ。私たちも同じ目的があります。今日もまた、オイルレーズン女史と一緒かしら?」
「いいえ」
キャロリーヌは、悲しい知らせを伝えた。
オイルレーズンの母親とジャムサブレーの曾祖母は双子の姉妹である。当然のこと、ジャムサブレーは、尊敬する魔女族であると同時に親戚でもあるオイルレーズンの死に、哀悼の意を表した。
湿っぽい雰囲気が漂う中、キャロリーヌが提言する。
「旅は道連れ、目的地が同じようですので、ご一緒しましょうか?」
「せっかくのお誘いですけれど、丁重にお断りします。仕事とはいえ、親友との旅になりましたので、他人に同行して貰いたくありません」
「そうですか……」
「では、お先に失礼します」
ジャムサブレーがチャツネを連れて、そそくさと検問所に入った。
隔たりはあっても正真正銘の親戚に該当するはずのジャムサブレーから他人と言われてしまい、キャロリーヌは、少しばかり胸の痛む思いだった。




