《☆~ 帝国の不穏な動向(三) ~》
エルフルト共和国で医療大臣の地位にあるマカレルには、ヘリングという二十四歳の娘がいて、医務官の職務に就いている。
マカレルは、一昨日、中央情報局の長官であるチュトロから、秘密の任務について聞かされた。医療学者を求めているパンゲア帝国の王室に、表向きはローラシア皇国宮廷に所属する者として、ヘリングを送り込むこと。その際、安全を保障するため、キャロリーヌの率いる探索者集団に護衛を頼むという。
危険の及ぶかもしれない仕事を大切な娘に課すことに対して、少なからず懸念があるけれど、マカレルは快く承知した。
ヘリングは、意気揚々とローラシア皇国へ向かった。なにしろ彼女にとって、エルフルト共和国から外へ出るのは生まれて初めてなので、不安よりも、むしろ期待の気持ちが勝っているに違いない。
この事案に関しては、昨日のうちに、ハタケーツ大統領からの親書がローラシア皇国宮廷へ届けられたので、なんら支障なく宮廷の中に入れた。ヘリングが医療官事務所の第一談話室に到着し、たった今、一等医療官のオマール‐ラブスタと円卓を挟んで、面会が始まったところ。
「貴国からの親書に記してある通り、ヘリングさんは、ローラシア皇国が派遣する医療官とともに、パンゲア帝国王室へ赴きたいと望まれているのですね?」
「はい、仰せの通りです。どうか承諾願います!」
「もちろん、そのつもりです。他でもなく、エルフルト共和国の大統領、並びに医療大臣の頼みとあっては、断る訳にいきませんから。それにしても、どうしてエルフルト共和国の医療学者という、本当の立場を伏せるのでしょう?」
ヘリングは、申し訳なさそうな口調で説明する。
「パンゲア帝国王室は、わたくしどもに助けを求めませんでした。それなのに、わたくしどもから名乗りを上げたら、きっと出しゃばりだと思われます。それが凄く嫌だったのです……」
「ほほほほ。まあ、そういうことにしておきましょう」
「お気遣いのほど、心より感謝致します」
深く追及されずに済んだので、ヘリングは胸を撫で下ろした。
丁度ここへ、別の女性がひょっこり姿を現してくる。
「用件があると聞き及び、急ぎ参上しました!」
「アズキさん、ご苦労さま。兎も角、ここに座って頂戴」
「はい!」
キビキビとした所作で、アズキがオマールの横にある椅子に腰掛けた。
「紹介するわね。こちらは、エルフルト共和国の医療大臣、マカレル‐ザクースカ女史のご令嬢よ」
「どうも初めまして、ヘリング‐ザクースカにございます。医療省で医務官として働いております」
「こちらこそ、お初にお目に掛かります! 二等医療官を務めております、アズキ‐チャプスティクスです。なにとぞ、よろしく願い奉ります」
お互いに緊張した面持ちで言葉を交わす二人を前にして、オマールが落ち着いた表情を崩さず、再び口を開く。
「早速、用件を伝えましょう。パンゲア帝国が医療学者の派遣を希望している一件について、アズキさんも聞いているわね?」
「はい!」
「それ、あなたに任せようと思うの」
「了解です! 出立はすぐでしょうか?」
「いいえ、明日の朝。それと訳あって、ヘリングさんにも同行して頂くわ。あなたと同じ、皇国宮廷の二等医療官としてね」
「承知しました!」
「これで決まりです。あとはすべて、アズキさんに任せましょう」
「はい!」
会話が調子よく進んだ。
割り込む余地のなかったヘリングが、ようやく口を開く。
「わたくしなどが二等医療官というのは恐縮の極みです。せめて三等くらいにして頂けませんか?」
「謙遜なさる必要など毛頭ありませんよ。お歳にしても、ヘリングさんがアズキさんより一つ上ですし、医療の腕前も同じか、より高い水準をお持ちのはずです。理由はそれに限るものではありません。ヘリングさんが皇国宮廷に所属するのは表向きの形に過ぎないにしても、私たちには、優秀な医療学者を派遣して、威厳を保つ使命があるのです」
「分かりました。ご意向に沿わせて頂きます」
うまい具合に話が纏まったので、アズキがヘリングを連れて、医療官事務所を案内して回る役割を買って出た。




