《★~ 呪詛されるメルフィル家(九) ~》
老魔女は、メルフィル公爵家の悲しい物語を続けなければならなかった。それはつまり、パンゲア帝国の悪魔女による呪詛が他にもあったということ。
脱水症状という呪いに脅かされた日から二年近くが過ぎ、オイルレーズンが久しぶりに訪問してきた。
邸内へと快く迎え入れられたけれど、すぐに異変が感じられた。以前ここへやってきた時と同じように、邪悪な魔が漂っていたのである。
この頃の公爵夫人は第二子を身篭っていた。しかしながら、なんとも惨いことに、お腹の中にいる子が呪われていた。それは時限式魔法という巧妙な仕掛けで、マーガリーナが妊娠五ヶ月の安定期に入ったら発動するようになっていた。
この話を聞いたキャロリーヌは黙っていられない。
「そ、その子はあたくしの弟、トースターなのですよね! ねえそうでしょ、お婆さん?」
「そうじゃとも」
「な、なぜに、魔女はそんな非道ばかりを、働くのですか! あんまりです!」
キャロリーヌは高い声で叫び、大声で泣き出すのだった。
生まれてくる赤ん坊に対し、生まれる前から呪いを掛けてしまうという、想像すらしたくもない冷酷非道な悪行を、パンゲア帝国の悪魔女は平気でやってのける。
心優しい十六歳の少女が、声を荒げ激しく怒って、非情さに嘆きながら、大粒の涙を落とすのも当然のことである。
老魔女が先ほど、呪詛されるメルフィル家の話を聞く気があるかどうか、キャロリーヌに念を押して尋ねたのは、この辛く悲しい逸話があったからだ。
オイルレーズンは、両手で顔を覆って咽び泣いている少女の前で、ただ沈黙して待つのだった。
少しして、キャロリーヌは涙を手で拭い、顔を上げた。
ここで老魔女が、悲しげな表情をして言葉を発する。
「魔女は非道ばかりを働く者ばかりではないのじゃよ。そのことだけは、理解しておいてくれるかのう」
「あ、あたくし、そのようなことを口走ってしまいました。悪気はありませんでしたの。つい叫んでしまって……」
キャロリーヌは再び頭を下げてしまった。
「よいのじゃ、キャロル」
「お婆さん、ごめんなさい……」
「謝らずともよい」
「お婆さんは、魔女の中でも特別にお優しい魔女なのですわ。あたくし、お婆さんのことが大好きですもの」
「そうか。嬉しいことを言ってくれるのう。ふぁっはははは!」
「うふふ」
どうにか笑顔を取り戻したキャロリーヌである。
「ところでキャロルや、もう一杯くれるかのう」
「あ、はい。でも、少しばかり冷めてきていますわ」
キャロリーヌは立ち上がり、調理場へ向おうとした。
しかしながら、老魔女が今度もまた制止する。
「構わぬ。冷めても美味のはずじゃろうし、香りはまだ残っておろう?」
「ええまあ、辛うじて」
こうしてオイルレーズンの茶碗に、六杯目となる香草茶が注がれることになった。