《☆~ デッシュ家の弓 ~》
目的を無事に果たしたキャロリーヌたちは、日の光の星が見え始める頃、獣族たちに別れを告げ、山賊集団の拠点を後にする。
山道を下り、アタゴー山麓西門食堂に辿り着いたところ、どういう訳か、マトンとパースリの姿があった。
ショコラビスケが真っ先に声を掛ける。
「お二人さんよお、ひょっとすると、昨日からずっと、この食堂に留まっていたのですかい?」
「それは違う。少しばかり調べたい事案があったから、僕たちは皇国中央へ出掛けていてね、ここには、ついさっき着いたばかりだよ」
マトンは手短に答えた上で、次はシロミに向かって話す。
「弓を取り戻せたのだね?」
「はい。お陰さまでこの通りです!」
シロミが、手に持っている弓を、さも満足そうに掲げた。
一方のマトンは、ショコラビスケの巨体に視線を移す。
「泥塗れになっているけれど、落とし穴に嵌まったのかな?」
「おうおう、その通りでさあ! だけどよお、この俺さまだったからこそ、ほんの掠り傷で済みましたぜ。がっほほほ!」
「そうか、難儀だったね。まあ兎も角、誰も大きな怪我をせずに帰れたのは、まさしく幸いだった。キャロルが、首領としての役割を全うした証だね?」
「いえ、皆さまが勇ましくご活躍して下さったからですわ」
キャロリーヌは謙遜の態度を示しながら、ピロリンサンテツの振る舞いが、なかなかに紳士的だったことについて詳しく話した。
「それはそうと、マトンさんとヴィニガ子爵さんは、どのようなご用向きで、皇国中央へお出掛けになられましたの?」
「ヴィニガ子爵が、デッシュ家の弓について調べたいと思われたからだよ」
「まあ、そうですのね」
「シロミ嬢、二十一年前にも、デッシュ家は弓を喪失したそうだね?」
「はい。母が生前、その件について、私に教えてくれました。当時、デッシュ家は没落へと向かっていて、日々の食事すら、満足にできなかったため、背に腹は代えられず、使用人の数を減らしました。それがため、留守中の警戒が不十分となり、代々伝わってきた弓が盗まれて、行方知れずに……」
弓を大切そうに眺めるシロミを前にして、マトンが問う。
「その後、誰の手に渡ったと思うだろうか?」
「マトンさんよお、俺さまは知っているぜ!」
「おや、なにを知っているのだい?」
「なにもかも全部でさあ! 他の誰でもなく、首領キャロリーヌ女史の親爺さんの手に渡るってえ真相だぜ! がほほほ!」
「どうして知っているのだい?」
これには、ショコラビスケに代わって、キャロリーヌが説明する。
グリルが山賊の長に譲渡し、その後、ピロリンサンテツの手に渡った。そしてパンゲア衛兵団に奪われるけれど、少し経ってピロリンサンテツが取り戻したということ。
マトンは得心して、再びシロミに話す。
「パンゲア衛兵団に奪われた弓は、一度は手元に戻ったね?」
「そうです。メン自治区の道具屋に置かれているところを見つけ、所持していた金貨のすべてを使い、どうにか買い取りました。でもすぐ、カカオマスに騙されてしまい……」
「うん。狡猾な男爵がシロミ嬢から奪った弓は、ピロリンサンテツの手に渡る。そして、今日ようやくシロミ嬢が取り戻した。本当によかったと思うよ」
「はい、ありがとうございます!」
シロミは笑みを浮かべた。
ここにショコラビスケが口を挟んでくる。
「奇妙な巡り合わせをした弓だが、その道中がすべてハッキリしたぜ!」
「いいえ違いますわよ」
「首領、なにが違うのですかい?」
「まだ一つだけ、道中がハッキリしていませんもの」
「がほっ! そいつは一体、どこですかい??」
「僕が説明するとしよう。つまりねえ、デッシュ家から盗み出されてから、グリル殿の手元に届くまでの道中だよ」
「がっほーっ! すっかり見落としていたぜ!」
驚愕を隠せないショコラビスケを尻目に、マトンが平然と話す。
「皇国中央で、引退されているシャルバート‐スプーンフィードさん、および一等調理官の地位にあるピック‐コークスクルーさんと面会し、その辺りの事情を聞いてきたのだよ」
二十一年前、スプーンフィード伯爵家の所有している私領に、断りもなく小妖魔が侵入していたのを、シャルバートの配下の者が捕らえ、小妖魔が携帯している弓を没収した。それを、知り合いだったグリルに譲り渡したとのこと。
それから一年ばかり後、アタゴー山でグリルたちが遭遇した事件の際、当時まだ三等調理官だったピックが同行しており、顛末を話して貰えた。
マトンの説明が終わるや否や、ショコラビスケが感慨深げに口を開く。
「ずいぶん長い道のりを経たものだぜ。シロミさんよお、苦労を重ねて取り戻せたそいつは、二度と喪失できねえなあ?」
「もちろんですとも!」
シロミは、手中の弓をしっかり握り締めた。