《★~ 山賊の大統領(五) ~》
緊迫した空気の漂う中、キャロリーヌが胸の内で「一体どうして、お父さまは、デッシュ家の弓をお持ちになっていたのかしら?」とつぶやく。
キャトフィシュが、遠慮がちな表情でピロリンサンテツに問い掛ける。
「二十年前、首領キャロリーヌ女史のお父上は、あなたの生命を救うため、山賊の長に弓を差し出される際、それがどのような由緒のある代物なのかを、説明なさいましたか?」
「いいえ、なんら説明もなく、あっさり手放しなさったのです」
「そうですか」
どういう経緯でデッシュ家の弓がグリルの手元に渡ったかについて、この場にいる者たちには、知る由もなかった。
今度は、ピロリンサンテツがキャロリーヌに問う。
「グリル殿は、なにかお話しになっていませんか?」
「聞いておりませんわ。あたくしの父は、自らのなした善行を吹聴するようなことなぞ、一切ありませんでしたもの」
「ではキャロリーヌ女史の方から、グリル殿にお尋ねされるとよいでしょう」
「今となっては無理ですわ。なにしろ、父は他界していますから」
「がおっ、誠に痛恨の極みです。心よりお悔やみの気持ちを捧げましょう」
ピロリンサンテツが頭を低くして、一分刻の間、黙祷を続けた。
彼が目を開いたところ、キャロリーヌが提言する。
「デッシュ家の弓を、シロミさんにお返し願えませんでしょうか? 十分に見合うだけの金貨を、あたくしがお支払いしますから」
「あの弓は、いずれグリル殿にお返しするつもりでいました。わしの命を延ばしてくれた代物ですから、当然のこと、金貨は一枚すら受け取れません」
「まあ、素晴らしいお考えですわ!」
「ありがとうございます!!」
キャロリーヌとシロミが深々とお辞儀した。
「宝物庫から最高級の弓を取ってきてくれ」
「承知しました!」
コウルスローが威勢よく駆け出す。
その一方で、ピロリンサンテツは話題を変える。
「時に、向こうの洞窟で毒煙草を燃やしたのは、そなたらですな?」
「お見通しでしたか」
「わしの洞察力は鋭いのです」
「おそれ入ります」
「キャロリーヌ女史がメルフィル家のご令嬢でなかったなら、そなたらは皆、捕らわれの身となり、パンゲア帝国へ売り渡されていたはずです。わしの恩人であるグリル殿に免じ、今回だけは水に流します。しかしながら、次こそは容赦なく鉄槌を下しましょうぞ?」
「肝に銘じておきますわ」
キャロリーヌは頭を下げながら、胸の内で「あたくしの計画が浅はかでした」と深く嘆かざるを得ない。
三分刻ばかり後、コウルスローが戻った。
彼は血相を変えて発言する。
「大統領、深刻な事態が発生しています!」
「一体どうしたのか? 調理大臣たる者、なにごとに遭遇しようとも、あわてるようではいかん。集中して調理に臨むかのように心を静め、ことと次第を話せ」
「はっ、申し訳ございません。宝物庫に最高級の弓がなく、番人に尋ねたところ、アンチョビーが《大統領から命令を受けて、わっせは最高級の弓を取りにきた》と偽ったことが判明しました。弓は持ち出されてしまったのです!」
「斥候の任を解かれたがため、きっと腹癒せのつもりで、そのような愚行を働いたのだな。急ぎ追い掛け、必ずや捕らえてくるのだ」
「槍部隊をゆかせてございます!」
「ふむ。無事に弓を取り戻し、ここへ持ってこい」
「承知しました!」
コウルスローが勇んで食堂を後にする。
それから十五分刻も経過しないうちに、アンチョビーは捕らえられ、デッシュ家の弓が食堂に運ばれてくる。
早速、ピロリンサンテツが弓をシロミに手渡した。
キャロリーヌは胸を撫で下ろす。
「本当によかったですわね」
「はい!!」
涙を流しながらも、満面の笑みを見せるシロミだった。
ここにショコラビスケが口を挟む。
「アンチョビーとかってえ獣族は、どうなるのですかい?」
「彼は重ねて罪を犯したのですから、首を跳ねるより他ありません」
「生命だけは、お救いして差し上げられませんの?」
キャロリーヌの言葉に、ピロリンサンテツは、いわゆる「難色」を示す。
「こればかりはどうにも……」
「ピロリンサンテツさんは、獣族が獣族を殺めているようでは、あなた方の存亡に悪い影響を及ぼすと懸念なさり、大統領になられたのではありませんの?」
「その通りですとも」
「罪を犯したからといって、首を跳ねてよいものでしょうか?」
「ふむ。キャロリーヌ女史に一本取られましたなあ」
ピロリンサンテツが静かに笑う。




