《★~ 山賊の大統領(一) ~》
真夜中の一つ刻を迎え、業火の星が天頂に達した。キャロリーヌたちは、すっかり静まり返ったアタゴーの山中を慎重に歩き、山賊集団が拠点にしているという洞窟へ赴く。
二人の獣族が見張りの任に就いている。
シルキーが上空から急襲して驚かせた上で、ショコラビスケとキャトフィシュが攻撃を仕掛け、容易く気絶させることができた。倒れた彼らの身体を順番にショコラビスケが担ぎ、離れた場所へ運ぶ。
用意しておいた毒煙草を洞窟の入り口に積み上げて、火を点ける。もくもくと湧き出る白い煙が洞窟の中へ流れ込むように、キャロリーヌが風魔法を施す。
「ここまで、首尾よく運びましたわねえ」
「山賊どもが出てきやがる前に、さっさと隠れようぜ!」
「ええ、そうしましょう」
キャロリーヌたちは、急ぎ近くの茂みに身を潜めた。
たちまちにして、吠え声を発しながら獣族たちが駆け出してくる。そんな混乱した状況を、木の枝にいるシルキーが監視しており、山賊集団の総員が脱出した旨を報告してくれた。
弓を持って出てくる者がいなかったので、決めていた通り、シロミが洞窟に入らなければならない。
毒煙草の火を消してから、あらかじめ焼いておいた石に水を注ぎ、大量の蒸気を発生させる。この湯煙もまた、キャロリーヌが魔法を使って、洞窟の中へ流れるようにした。
シロミは解毒剤を飲み、洞窟に残っている毒煙草の煙に備える。
「キャトフィシュさん、念のために護衛をお願いします」
「承知しました!」
キャロリーヌが、解毒剤の入った小瓶を差し出す。
受け取ったキャトフィシュは、中身を飲み干して、シロミに声を掛ける。
「さあ行きましょう」
「はい、よろしくお願いします」
二人が、意気揚々と洞窟の中に入った。
それから一分刻もしないうちに、上空で監視を続けていたシルキーが報告に戻ってくる。散り散りとなって逃げ出した山賊集団が、三三五五、こちらに戻りつつあるとのこと。
これを知ったキャロリーヌが顔色を変える。
「想定外の事態ですわね。どのように対処しましょう……」
獣族たちが洞窟の中に入ると、おそらくシロミとキャトフィシュが見つかって捕らえられるに違いない。それを避けるために、どうすればよいか、キャロリーヌは全身全霊で思案した。
「こうなってしまったからには、なるべく刻を稼ぐしかありませんわねえ。ショコラビスケさん、あたくしが山賊集団と話しますから、口裏を合わせるよう、どうかご協力願います」
「おうよ、任せて下せえ!」
丁度ここへ五人の獣族が戻ってきた。幸いにして、彼らはキャロリーヌたちと初対面だった。
先頭にいる獣族が、怪訝そうな表情で問い掛けてくる。
「お前が、毒煙草を燃やした張本人か?」
「違いますのよ。不審な人族の男と女が逃げてゆくのを目撃したものですから、なにごとかと思い、調べましたところ、害のある煙が、もくもくと出ているではありませんか。それで、急ぎ火を消しましてございます」
「煙がまだ出ているじゃないか!」
「これは解毒のための湯煙ですのよ」
「なんだそうだったのか。わっせらのために、身の危険を冒してまで解毒してくれようとは、なかなかに感心な女だ。これもなにかの縁であろうから、お前をわっせの嫁にしてやってもよいぞ。どうする?」
「それにつきましては、丁重にお断り申します」
キャロリーヌは、深々とお辞儀をしてから、再び口を開く。
「時に、この種類の毒煙草が燃えて出します悪い煙は、たとい少量にしても、獣族にとって命取りとなりましょう。ですから、しばらくの間、もっと遠い場所で退避なさっておられるのが無難ですわよ? 他の方々にも、その旨、しかとお伝え下さいまし」
「がおっ、承知したぞ。早速、退避するとしよう!」
話を信じた獣族は、他の四人を引き連れて、この場を立ち去った。
キャロリーヌが胸を撫で下ろす。
「ふう~」
「俺が口裏を合わせる必要もなかったでさあ?」
「はい。うまうまと謀ることができたものです。うふふ」
この時、シロミが弓を手に、キャトフィシュとともに洞窟から戻った。
「がほほ、しっかり奪還できたってえ訳だぜ!」
ショコラビスケが嬉々として言葉を掛けた。
しかしながら、シロミが首を横へ振ってから、弱々しい声で返答する。
「模造弓でした……」
「まあ、残念至極ですわねえ」
策が不本意な結果に終わり、キャロリーヌも思わず肩を落とす。