《★~ 弓を取り戻す作戦(四) ~》
こちらはエルフルト共和国の大統領公邸、食堂でキャロリーヌたちが昼餉を済ませ、碧色茶を飲んでいるところ、突如、政務官の女性が現れる。
「キャロリーヌ女史に、マトン‐ストロガノフさまからの伝書が届きましてございます」
「あら、ありがとうございます」
キャロリーヌは、丸められている羊皮紙を開き、素早く目を通した。
横からショコラビスケが問い掛けてくる。
「マトンさんは、なにを知らせてくれたのでさあ?」
「デッシュ家に伝わる弓は道具屋になかったけれど、サイフォン男爵さんが探すことを約束したと記されています。シロミさん、パンゲア帝国の中央、パニーニ大旅館にまで出向いて貰いたいそうですよ?」
「承知しました。早速、出立の準備をしようと思います」
シロミが立ち上がり、嬉々として食堂を後にする。そんな彼女の後ろ姿を、ショコラビスケが眺めながら、退屈そうに尋ねる。
「首領、俺たちの仕事はねえのですかい?」
「あたくしたちには、山賊集団との戦いに備えて、少しでも鍛錬を重ねておくようにと書いてありますわ」
「おうよ! だったら、すぐにでも始めましょうぜ!」
「そうですね」
ショコラビスケとキャトフィシュが、意気揚々と庭の武術演習場へ向かったので、キャロリーヌが二人を追う。
・ ・ ・
第十月の二十五日目、七つ刻半、マトンとパースリが、カカオマスの営む道具屋に赴いた。
もう一人、シロミが同行しているけれど、彼女は、カカオマスに顔を知られており、念のために、いわゆる「面紗」で顔面をすっぽり覆うことで、正体が分からないようにしている。
店の中、本日はカカオマスが三人を迎えた。
「ハタケーツさん、あっ、今はヴィニガさんでしたね。それからポーチド‐ガスパチョさん」
「ポードティー‐ザクースカですけれど」
「これは失礼、歳を取ると覚えが悪くなって……」
「あははは。確かにそうですね」
「ごほん。兎も角、お二人を、お待ちしておりました。あと、そちらのお嬢さんはどなたでしょうか?」
カカオマスが怪訝そうな表情で、シロミに視線を注ぐけれど、マトンは動じることなく、平然と答える。
「僕の孫娘、チュロスです。結婚が目前ですので、今日は、なにか嫁入り道具を見繕い、よさそうなのがあれば購入するつもりです」
「まさにおめでたい。色々と取り揃えていますから、ごゆるりお選び下さい」
「その前に、お願いしてある弓は、見つかったのでしょうか?」
「ええ、ちゃんと見つけておきましたよ。これがそうです」
布で包まれた代物が差し出された。
マトンが中身を取り出したところ、横にいるシロミが小声でつぶやく。
「紛い物です」
「えっ、今なんと言いましたか?」
顔色を変えるカカオマスである。
突如、シロミが面紗を顔面から外し、毅然と言い放つ。
「これは、デッシュ家に代々伝わる弓ではありません!」
「あっ、お前は!?」
「覚えておいでなのですね。私は、あなたに騙され、大切な弓を奪われるだけに留まらず、悪行を働かされたシロミ‐デッシュです」
「なんと、この儂を謀ったのだな!」
「自業自得です!」
シロミが、カカオマスに鋭い視線を浴びせ掛けた。
パースリが紛い物の弓を手に取って、おもむろに口を開く。
「サイフォン男爵、見損ないましたよ。沢山の金貨欲しさに、こんな模造弓を本物と偽るだなんて、道具屋が絶対にしてはならない非道なのですから」
「いや違う! なにかの手違いがあったのだよ。信じてくれ!」
「その言葉が本当だとしても、あなたがシロミ嬢から弓を奪ったという事実は消えませんよ?」
「はい。申し訳なく思います……」
カカオマスが腰と頭を落とした。
それでもパースリは、厳しい口調を緩めない。
「せめてもの償いとして、デッシュ家に伝わる本物の弓がどこにあるのか、包み隠さずお聞かせ願いましょう!」
「分かりました」
ここにガレットという名の小妖魔が、四人分の小麦茶を運んできた。
彼女の危なっかしい足取りを目の当たりにして心配になったマトンが、急ぎお盆を受け取り、ことなきを得る。




