《★~ 弓を取り戻す作戦(二) ~》
作戦を練る会合を始めるに当たり、どんな経緯があって弓を奪われたかについて、シロミが包み隠さず打ち明けた。
弓の手入れが目的で道具屋を訪れた際、店主のカカオマスから「あんた、弓使いだな。悪い者を懲らしめるために、儂を手伝わないか。お代は弾むよ?」と仕事の話を持ち掛けられ、貧困に喘いでいたシロミは、いわゆる「二つ返事」で受けたのだという。
「まさか山賊の仲間に加わってオイルレーズン女史の集団を襲撃するだなんて、砂粒の大きさすらも思わなかったのです。そんな悪事の現場へ向かう途中、山賊たちの荷物と一緒に、私の弓も別の馬車に載せていたところ、カカオマスの使用人が、こっそり持ち逃げしました。どうして大切な弓を他人に預けてしまったのかと、今では大いに後悔しております……」
シロミが話を終えると、真剣な表情で聞いていたマトンが口を開く。
「弓を取り戻すにしても、どこの誰が持っているのかを知らないとね。カカオマス本人の手元にあるのか、それとも別の者に売り渡されているのか、まずは確かめなければならない」
「マトンさんよお、そんな難しいこと、どうやってやるつもりでさあ?」
「とても容易いよ」
「がほっ、そいつは本当ですかい!?」
驚きを隠せないショコラビスケを前にして、マトンが説明した。
つまり、客を装ってカカオマスの道具屋に赴き、そこに置かれているかどうか調べて、もしもなければ、「デッシュ家に伝わる弓なら、金貨に糸目はつけない」とでも言って、カカオマスに探りを入れてみるだけのこと。
キャロリーヌが、ふと思った疑問を口にする。
「そのお方が、すんなり答えて下さるかしら?」
「たぶん問題ないと思うよ。なにしろ、道具屋という生業は、なるべく少ない金貨で仕入れた道具を、高く売って利鞘を得られてこそ、立ちゆくのだからね」
「そうですか。あたくし、得心できましたわ!」
「おうおう、俺さまもだぜ!」
突如、この場に、エルフルト共和国大統領の息子で子爵のパースリ‐ヴィニガが姿を現した。たった今、アイスミント山岳から戻ったばかりという。
すっかり変わり果てたマトンを目の当たりにして、当然のこと、パースリは困惑の表情を隠し切れない。
「ボクの知らない間に、一体なにが起きたのですか??」
「それについて、誠に僭越でございますけれど、僕が説明させて頂きます」
「失礼ながら、あなたはどういうお方でしょうか?」
「申し遅れました。僕はキャトフィシュ‐ストロガノフ、他でもなく、マトンの息子でございます」
「また一つ驚きが増えました! ボクはパースリ‐ヴィニガ、全世界学者です」
「お名前は、度々耳にしておりました。お会いできて光栄に思います」
「こちらこそ。それはそうと、早速、マトンさんを見舞った事態について、お聞かせ下さい」
「分かりました」
キャトフィシュは、オイルレーズンの死去を発端として起きたことの顛末を、できる限り簡潔かつ明瞭に話した。
聞き終えたパースリが、一つ溜め息をついてから、おもむろに口を開く。
「オイル伯母さんが、ついに逝かれたのは残念至極ですけれど、それも自然の理なのですから、致し方のない宿命に過ぎないと思うより他ありません。兎も角、マトンさんが一命を取り留めになったのは、不幸の中に得た幸いです」
「はい。この僕も十中に九、今生の別れを覚悟していましただけに、親爺がどうにか生き延びてくれて、感謝の思いに胸を押し潰されそうです」
大粒の涙をいくつも溢すパースリとキャトフィシュを見て、キャロリーヌも、思わず目頭を熱くする。
なかなかに湿っぽい雰囲気が漂う食堂の中、一同は、玉葱の皮茶を啜った。
およそ三分刻が過ぎ、マトンが話題を戻すために、シロミをパースリに紹介した上で、弓を取り戻す作戦について手短に説明した。
すると、沈み込んでいたパースリが、少なからず瞳を輝かせる。
「サイフォン男爵とは面識があります。そればかりか、彼の道具屋には六度か七度ほど出向き、取引をした経験すら持ち合わせているのです。初めて訪れた者が相手だと、きっと彼は警戒するでしょうし、シロミ嬢の弓を探すお役目は、このボクにお任せ下さい」
「あらまあ、ヴィニガ子爵さんが、お引き受け下さるのでしたら、まさしく渡りに船ですわねえ!」
明るい表情を見せるキャロリーヌだった。