《☆~ 二人目の客人(二) ~》
三人で廊下を歩いていると、見知った顔の人物がこちらに向かってきた。他でもなく、医療大臣を務めるマカレル‐ザクースカである。
キャロリーヌから先に声を掛け、まずは挨拶の言葉を交わした。
マカレルが深刻そうな表情で尋ねる。
「マトン殿が、意識を失ってしまわれたと聞き及びました」
「はい。こちら、マトンさんのご子息でいらっしゃるキャトフィシュさんが、一目ご覧になりたいそうですので、第一医務室へ向かっております」
「そうですか。わたくしは、大統領夫人に職務の報告を済ませた上で、診察に赴くことにしましょう」
「お待ちしておりますわ」
キャロリーヌたちは、マカレルと別れた後、第一医務室に入った。
「親爺……」
しばらくの間、キャトフィシュが涙ぐみながら、寝台の上で微動だにしないマトンの顔面に視線を注いでいた。キャロリーヌとショコラビスケは、黙って見守るしかなかった。
五分刻ばかりが過ぎた頃、マカレルがやってきて、どのような経緯でマトンが意識を失う事態に見舞われたのか、詳細な説明を求めた。
キャロリーヌは、オイルレーズンが死にゆくのに合わせて、マトンの身体に掛けられていた老化防止による副作用が起きてしまい、咄嗟に乾坤一擲という魔法を施したのだと、一切を包み隠さずに打ち明けた。
「わたくしは、魔法の特徴を存じておりませんので、キャロリーヌさんの処置が本当に適切であったのかどうかを判断できません。どちらにしても、マトン殿が一命を取り留めることができたのは、まさに幸いと言えましょう」
「はい。それでマトンさんは、意識をお取り戻しになれますかしら?」
「急ぎ調べますから、皆さん、少しこの場で待って下さい」
「分かりましたわ」
マカレルが入念に診察をした上で、マトンの容態について説明する。
「彼は今、まさしく危険な貧血状態に陥っています」
「え、そうですの!?」
「このままでは、身体を巡る血が徐々に減ってゆき、僅か三日のうちに、残念ではありますけれど、お亡くなりになるはずです……」
「あらまあ、どうしましょう!!」
キャロリーヌが乾坤一擲を施したお陰で、急激に身体が干からびる事態は免れたのだとしても、三十年分の老化は、着実に進行しているらしいという。
「助ける方法はありませんの?」
「一つだけ、禁断治療と呼ぶに値する処置があります」
「どのようなことをしますの?」
「肉親の身体から生血を移すのです」
「ええっ!?」
「がほっ!?」
キャロリーヌとショコラビスケは、驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
その一方で、キャトフィシュが瞳を輝かせながら申し出る。
「僕の生血を父の身体に移して下さい!」
「あなたも貧血状態に陥りますよ?」
「構いません。どうかお願い致します!」
キャトフィシュは、強い意思を表情に浮かべて断言した。そんな雄姿を眺めながら、ショコラビスケが口を挟んでくる。
「だったら俺さまの生血もマトンさんに移して下せえ!」
「それは無理です」
「がほっ!? そりゃあ一体どうしてですかい?」
「人族の肉親から移さなければなりません。ショコラビスケさんはマトン殿と血の繋がりがなく、しかも竜族なのです」
「おうおう、そいつをすっかり忘れちまっていたぜ。がほほほ!」
決まりが悪そうに頭を掻くショコラビスケを前にして、キャトフィシュが言葉を掛ける。
「そのお気持ちを聞かせて下さっただけでも、十分にありがたく思います。父は本当に、素晴らしいお仲間を持っておられます」
「おうよ! この俺さまは、確かに素晴らしいお仲間でさあ。がっほほ」
自身を褒めて笑うショコラビスケの得意気な顔を見つめながら、キャロリーヌは胸の内で「生血を移すだなんて、おそろしい治療があるものですこと」とつぶやかざるを得なかった。
マカレルがキャトフィシュに話す。
「あなたの固い決意を尊重しましょう。処置は毎日少しずつ続けますから、その間ずっと、お肉を沢山食べて、失う生血を補えるようにして下さい」
「分かりました」
「おう、肉料理なら俺も一緒に沢山食うぜ!」
「あたくしもですわ」
「キャロリーヌさん、ショコラビスケさん、ありがとうございます」
ここへチュトロが現れた。マカレルから事情を聞いて、十分な量の肉料理を用意すると約束してくれた。




