《☆~ 二人目の客人(一) ~》
寝台に横たわるマトンの身体からは、目を醒ましそうな兆しがまったく感じ取れない。しばらくの間、第一医務室にしんみりとした雰囲気が漂っていた。
ここに政務官の女性が、ひょっこり姿を現す。ローラシア皇国の宮廷で一等政策官の地位にあるチャプスーイ‐スィルヴァストウンからの親書が届いたと伝え、丸められている羊皮紙をチュトロに手渡す。
エルフルト共和国の中央情報局に宛てられたもので、「パンゲア帝国の諜報員だと判明した魔女族のアニョンピクルが皇国宮廷から逃げました。もしも発見されましたら、直ちに拘束した上で、皇国宮廷に引き渡して下さい。ご協力よろしくお願いします。また、世間を騒がせた《蒼色月の害悪》というのは、アニョンピクルがパンゲア帝国王室と結託して世間に広めた悪評に過ぎないと分かりました。ローラシア皇国宮廷は、事実を見誤っていたことを深く反省し、蔑まされてしまった月系統魔女族の名誉が回復されるよう努めます」と記されている。
素早く目を通したチュトロは、機密にしておくような事案でもないので、ありのままを一同に打ち明ける。
話を聞いたシロミは、胸の内で「私の吹聴した真相が広まったお陰で、アニョンピクルの正体が明るみになったのだわ」と考えるけれど、自身の行いに鼻を高くしていると思われたくないので、口に出したりしない。
「キャロリーヌさんよお、首領が命懸けでおやりになった最期の策ってえのが、どうやらうまく功を奏しているようですぜ?」
「はい。本当にその通りと思いますわ」
先ほどの政務官が再びやってきた。
「大統領夫人、ご報告させて頂きます。キャトフィシュと名乗る若い人族の男性がお越しでございます」
「あら、伝書や客人が続くわね」
「オイルレーズン女史の探索者集団に火急のご用向きがあるそうです。どのような対応を致しましょうか?」
「キャロリーヌさんたちと会って頂きましょう。兎も角、そのお方を第一迎賓室へ誘って頂戴。私たちも、そちらへ向かいますから」
「はい、承知しました」
政務官が出てゆき、キャロリーヌたちは第一迎賓室へ移動する。
それから一分刻すら経たないうちに、政務官が二人目の客人を連れてくる。その者は、背中に木刀を担いでいた。
チュトロが問い掛ける。
「あなたは、オイルレーズン女史のお知り合いですか?」
「いいえ、面識はありません。僕の名はキャトフィシュ‐ストロガノフです。父の身に大きな災いが見舞っているのを察知し、まかり越してございます」
「えっ、もしや、マトンさんのご子息でいらっしゃるの??」
「仰せの通りです」
「あらまあ、まったく存じませんでしたわ!」
キャロリーヌは大きく戸惑った。当然のこと、ショコラビスケも驚きの気色を隠し切れないで、思わず言葉を発する。
「おうおうマトンさん、いつ子供を作ったのですかい!」
この疑問には、不在の父親に代わって、キャトフィシュが答える。
「今から十八年ばかり昔のことになります。僕が父と初めて対面したのは、一昨年の第十一月です。十六歳に成長していた僕に、父は《僕が死に瀕する事態が起きたら、この道具が強く輝くだろうから、光の指し示した方向へ赴くとよい。この僕が抜けてしまうとオイルレーズン女史の探索者集団が困るかもしれないから、そういう事態になっているなら、お前が全身全霊で手助けするのだよ。分かったね?》とお話し下さいました。先ほど、この道具が唐突に輝きましたので、急ぎ駆けつけた次第です。幸いにして近くでよかったと思います」
キャトフィシュがキビキビとした口調で話し、明るい黄色に輝く宝石のような道具をキャロリーヌに差し出す。
「魔女族によって作られました、緊急事態光線と呼ばれる魔法具です」
「不思議ですこと。光が第一医務室のある方向を指していますわ」
「つまり、そこに父がいるのですね」
「ええ、意識をお失いですのよ。一目だけでも、ご覧になりますか?」
「是非そう願いたいです」
「そうしましたら、早速、向かいましょう」
キャロリーヌが、キャトフィシュを第一医務室に連れてゆくことにした。用心のために、ショコラビスケも同行する。




