《★~ 最期の策(三) ~》
ローラシア皇国中央の牢獄塔に連行された罪人は、科される刑罰を全うするまでの間、外出を許されず、監房の中で過酷な労働を強いられる。
ラムシュレーズンには、二つ刻から十一の刻まで、芋の皮剥きが課された。簡単そうに思えるけれど、これを朝一番から夜中まで続けると腕が痛くなり、たいていの者が嫌がる作業である。定められた個数を剥かなければ、たとい十一の刻が過ぎても、連帯責任で総員が働き続けなければならない。楽をしようと考えても無駄ということ。
この監房では他に六人が同じ作業をしており、その中にいる人族の若い女が、手慣れた刃物捌きで芋の皮を剥きながら、声を掛けてくる。
「オイルレーズン女史ではありませんか?」
「あたくしは、ラムシュレーズンですのよ。うふふ」
正体は、魔女年齢で三百四十歳のオイルレーズンだけれど、あくまでメルフィル公爵家のキャロリーヌを騙った少女に成り済ますつもりでいる。
人族の女が、怪訝そうな表情のまま弁明する。
「ご無礼お許し願います。以前、お見掛けした時とは、少なからず印象が違っておられるご様子ですので、別のお方と見違えてしまいました」
「あら、いつどこで、お会いしましたかしら?」
「誠に心苦しくあります。第八月の一日目、ローラシア東部国境門に通じる道中のことでございます」
「なにが心苦しくありますの?」
「あなたさまたちを襲撃するという、この上ない愚行を犯した山賊集団に加わっていた愚かな一人でございます」
「まあ、そうでしたか」
オイルレーズンが見つめたので、相手は恥ずかしそうに頭を下げて話す。
「同行されていたお若い魔女族ですね」
「ええ、当時は、キャロリーヌ‐メルフィルと名乗っておりましたの」
「そうでしたか……」
「お美しい瞳をなさっておいでだわ。名高いお家のお方かしら?」
「申し遅れました。私はシロミ‐デッシュと申します」
「デッシュ家は、優れた弓使いを数多く輩出してきたお家ですわね?」
「はい。あ、いえ私の場合は、まだまだ未熟です……」
シロミは頬を染めている。
「襲撃の折、長槍をお持ちでしたわねえ」
「仰せの通りです。山賊集団の長が決めました方針で、不本意ながらも従っておりました次第です」
「どうして山賊になられましたの?」
「話すと長くなってしまいます」
「どうせ夜中まで、こうしてお芋を剥き続けなければなりませんもの。手を動かすばかりですと、あまりに退屈ですし、一緒に口も動かしましょう?」
「はい、承知しました」
本当に長々と、シロミが身の上を語った。それは、お家が存亡の危機に瀕しているという悲劇的な逸話である。
「先祖代々受け継いできました、デッシュ家の誇る宝物と呼ぶに値する大切な弓まで奪われてしまい、それで私は、どうにか取り返そうと願う一心で、あろうことか、誤った悪い方向に足を踏み入れてしまったのです」
「お心を入れ替えればよいと思いますわ」
「とてもお優しい言葉、感謝の気持ちが溢れております」
シロミは、深々と頭を下げた。
彼女の話が終わったので、今度はオイルレーズンの番となる。
「あたくしは、アニョンピクルという悪魔女の陰謀によって捕えられ、断罪が十日後に迫っています」
「な、なんですって!?」
「アニョンピクルは、皇国宮廷に紛れ込んだ三重諜報員ですわ。皇帝陛下のお耳にも偽りが伝わっておりますの。シロミさんが刑罰を全うなさり、ここからお出になりましたら、《死を目前にしたラムシュレーズンから聞いた》と言って、この旨、吹聴して頂けませんこと?」
「必ずや吹聴しますとも! 一ヶ月も経てば、私は出られるでしょうから」
シロミは、力強い口調と輝く瞳で、オイルレーズンの依頼を引き受けた。
「ありがとうございます。お礼として、一つ提案があります」
「なんでございましょうか?」
「あたくしの仲間が、シロミさんの弓を取り戻すことに加え、デッシュ家の再興をお手伝いすると思います。エルフルト共和国の大統領府をご訪問になって下さいまし。そこで尋ねれば、正真正銘のキャロリーヌ‐メルフィルが、どこにいるか分かるはずです」
「はい、そうします!」
オイルレーズンは、胸の内で「ふむ。最期の策、万事やり遂げたわい」とつぶやき、満足そうな表情を見せながら、お芋の皮剥きを続けるのだった。




