《★~ 最期の策(二) ~》
第十月の六日目、ハタケーツ大統領が「姉上のために、別れの昼餉会を盛大に催そう」と提案してくれた。
しかしながら、オイルレーズンは「コラーゲンの気持ちは嬉しいのじゃが、あまり大袈裟にされると、別れる悲しみも大きくなってしまうわい」という理由をつけて辞退した。
「分かりました。それなら、せめて姉上に料理を決めて貰おう」
「ふむ。銀竜鯰の姿焼きを頼むとするかのう」
「承知しました。早速、ビワー湖産の新鮮な銀竜鯰を取り寄せよう。そして、この僕が全身全霊で調理しますよ。ははは」
昼餉会は、オイルレーズンたち四人とシルキー、およびハタケーツ大統領とチュトロだけの少数で、静かに催される。
七つ刻半、ついに別れの瞬間が訪れた。
家族を失い、悲しみのどん底にいたキャロリーヌがオイルレーズンと出会って、まだ七ヶ月と数日しか経っていない。当然のこと、今生の別れは辛く、生気の薄い表情で言葉を掛ける。
「首領さま、短い間でしたけれど、あたくしは、お婆さまの孫でいられた日々を幸せに思います。ううぅ……」
「キャロルや、泣かずともよい。全世界に生まれてきた者は、いつか死にゆく運命を背負っておる。あたしは、その刻限を迎えたのじゃよ。ふぁっはは」
明るい声を出そうとするけれど、オイルレーズンは、瞳から熱い大粒を溢れさせている。
こうして老魔女がマトンとショコラビスケを伴い、大統領公邸を後にした。三人がエルフルト南部国境門に着いたところ、約束している夕刻より少しばかり早かったけれど、既に、シェドソーメンの姿がある。
「待たせたかのう」
「少しだけです。早速、水鏡を施しましょうか?」
「ふむ。あたしにキャロルの印象を映して貰いたい。百日間より長く、たといあたしの首が跳ねられ、生命が尽きようとも、効果の持続するように頼む」
「分かりました。キャロリーヌさんに強い思いを抱かれておられるのは、どなたでしょうか?」
「この男じゃよ」
「まあ、そうでしたか!」
水鏡は、誰かに向けられた「強い思い」を奪い取って、印象を別人の表情に映し出すための魔法である。
マトンがシェドソーメンに釘を刺す。
「他言無用に願います。キャロルに、余計な心配を与えたくないから」
「承知です。ではマトン殿、オイルレーズン女史の目を見据えて、キャロリーヌさんの姿を、できる限り強く、胸の内に思い描いて下さいまし」
「はい」
シェドソーメンが、穏やかな口調で「水鏡」と詠唱する。これでオイルレーズンの身体に、キャロリーヌの印象が映るようになり、マトンの心からキャロリーヌを愛する気持ちが消え失せた。
ショコラビスケが、背袋から金剛石棒を二十本で束にしたものを取り出し、シェドソーメンに渡す。ローラシア金貨で一万枚に相当する価値がある。
「そなたの顔面も見納めじゃわい」
「やはり、そうでしたか」
シェドソーメンは、すべてを理解していた。
「偉大な月系統魔女族、オイルレーズン女史に祝福を捧げます」
「色々と世話になった。達者でのう」
こうしてオイルレーズンが、マトンとショコラビスケを連れてエルフルト南部国境門を通過し、ローラシア北西部国境門に進んだ。
検問所でマトンが大声を発する。
「キャロリーヌ‐メルフィルの名を騙るラムシュレーズンを捕らえた! この悪魔女を皇国中央に連行するから、問答無用で通らせて貰う!」
これは、皇帝陛下のお出しになった御布令之書を盾にすることで、本人性の確認を省かせる狙いだった。
国境門の長を務めているフィッシュ‐チャウダが、自身の判断で、表向きは特例として受け入れる。彼の母親と妹も月系統の魔女族で、国外追放の勅令によって二人はエルフルト共和国へ逃れている。だから喜んで協力してくれた。
ローラシア皇国の領土に入ってからは馬車に乗って進み、真夜中、皇国中央に到着した。
ラムシュレーズンに成り済ましたオイルレーズンが、護衛官の指示で、中央門の外にある牢獄塔に連行される。
・ ・ ・
第十月の八日目、皇国宮廷で臨時会合が開かれ、まず月系統魔女族に対する入国拒否と国外追放の勅令の取り下げが決められた。
ラムシュレーズンの断罪は、総員の賛成で採択される。十日後の七つ刻、処刑が執り行われるという。




