《★~ 最期の策(一) ~》
オイルレーズンの考えた策というのは、魔法でキャロリーヌの印象を自身に映して貰い、ローラシア皇国の宮廷に連行されること。
これを頼むのは、他の誰でもなく、メン自治区で占い小屋を営んでいる純水系統のシェドソーメンが一番にふさわしい。
朝を迎えたオイルレーズンは、簡潔に「金貨一万枚で水鏡を頼みたい。引き受ける意思があるならば、エルフルト南部国境門にくるがよい」とだけ記した依頼書を用意してシルキーに託す。
「ほんの運動がてら、ゆっくりで構わぬよ」
「きゅい!」
威勢よく飛び立つ白頭鷲の雄姿を眺めながら、キャロリーヌが、隣りにいるオイルレーズンに問い掛ける。
「首領さまが、あたくしの身代わりになって下さるよりも他に、なにか手段はありませんの?」
「あるにはあるが、この策こそ、おかしな判断をお認めになってしもうた皇帝陛下を諌めるのに最善じゃよ」
古来より、自らの生命と引き替えに統治者の間違いを正すのは、月系統魔女族の大役とされている。オイルレーズンは、孫娘であるキャロリーヌを救うためだけでなく、ローラシア皇国の行く末を強く案じているがため、この使命を果たす決意をするに至ったという。
キャロリーヌがオイルレーズンの正面に立って、再び説得を試みる。
「そのような道理は重重に承知できますけれど、なにも首領さまが、断罪をお受けにならずともよろしいのでは?」
「今や、魔女年齢が三百四十歳に達しておる。思えば、ずいぶん長く生き、数え切れぬほどの肉を食した」
「お肉でしたら、きっとショコラビスケさんの方が、首領さまよりも沢山、食されていますわ」
「ショコラは関係ないわい。それにあたしゃ、寿命が尽きるのを感じておる。今度ばかりが正真正銘、最期の策になるのじゃよ。ふぁっははは!」
キッパリと言い遂せた上で高らかと笑うオイルレーズンを前にして、最早、キャロリーヌには言葉がなかった。
シェドソーメンからの返答を待つ間、オイルレーズンは、できる限り多く、魔法をキャロリーヌに教える。
七日間が過ぎて、ようやくシルキーが戻った。
「きゅれりぃー」
「ご苦労じゃった。返答の伝書を持ち帰ったのじゃな?」
「きゅい!」
オイルレーズンが、シルキーの脚に結ばれている羊皮紙を解いて開く。
思いの外、返答に刻を要したのは、シェドソーメンの体調が優れなかったという状況に加え、この依頼を引き受けるかどうか、しばらく思い悩んでいたと弁明が記されている。
「シェドソーメンさんは、応じて下さいますの?」
「第十月の六日目、夕刻までにはエルフルト南部国境門に到着できるでしょうと書いてある」
「明日ですのね……」
「そうじゃとも。ふぁっはは!」
オイルレーズンが清々しい笑顔を見せる。
なんら揺るぎのない祖母の決意を知ったキャロリーヌは、胸の内で、「こうなったからには、後戻りできませんわ」と覚悟を固める。
・ ・ ・
こちらはローラシア皇国の宮廷内、第二玉の間である。
丁度、少女が一人、ぎこちない様子で入り、深々と頭を下げたところ。
「ラムシュにあり申しはべりてござります。わたしをお呼び遊ばされると聞き及びまして、まかり越して参りござった次第であり申す」
「畏まらず、気楽にすべし」
玉座の皇帝陛下が優しい口調で話すけれど、ラムシュの胸を満たす緊張感が頂点に到達しており、返答する声が震えてしまう。
「できござりますれば気楽にしござります。なれど、少しの粗相でもあり申しはべれば、末代まで呪われござりますそうにて」
チャプスーイ‐スィルヴァストウンから、「高貴なお方と話す際の言葉使い」というのを教わってきたけれど、今のラムシュには使いこなせていない。
「戯けたこと、誰から聞いたか」
「えっと、一等政策官さまにござりました」
「ほほほ」
皇帝陛下は、チャプスーイが厄介な事案を抱えた折に見せる渋面をご想像なさり、優雅にお笑い遊ばした。
朗らかなご尊顔を拝して、ラムシュの心が少なからず和む。
「ふう~」
「今後、キャロリーヌ‐メルフィルと名乗るべし」
「ははっ、承知を申しにござりました」
「朕の妃になるがよろし」
「あまり溢れる喜び、是非なりたいと存じるにござります」
「ほっほほほ」
こうして、ラムシュは、正式にキャロリーヌ‐メルフィルという名前を取り戻すと同時に、晴れて皇帝陛下の妃となる最上級の栄誉を得た。




