《★~ アニョンピクルの暗躍(二) ~》
パンゲア帝国の機密だとして、アニョンピクルによって真実のように伝えられている報告の中で、皇国宮廷の面面が「酷く醜い悪行だ!」と憤慨したのは、バゲット三世の第二王妃だったドライドレーズンと、その娘に纏わる逸話である。
帝国王室の後宮を牛耳ろうと考えたドライドレーズンは、衛兵たちを味方につけて、第一王妃のオリーブサラッドを殺めた。そればかりか、産んだばかりのラムシュレーズンを巧妙に使い、メルフィル公爵家を乗っ取る企てを謀ったという。
これを聞いたキャロリーヌが耳を疑い、思わずチュトロに尋ねる。
「今のお話に、間違いはありませんかしら?」
以前、オイルレーズンが話してくれた内容から大きく掛け離れているので、おかしいと感じるのは無理もないこと。
「キャロルや、アニョンが真実を歪めた作り話じゃよ」
「お義姉さまが仰る通り、すべてはアニョンピクルが口にした手前勝手な偽りに過ぎません。ですから、キャロリーヌさん、そのつもりで聞いて下さい」
「あっ、そうでしたわ。あたくし、それを忘れてしまい……」
キャロリーヌが得心できたので、チュトロは話を続ける。
今から十七年前、ドライドレーズンは、アタゴーの山中で自らの命が尽きるのを装い、心根の優しいグリルの気質につけ込み、ラムシュレーズンを託した。それからパンゲア帝国に舞い戻ったドライドレーズンは、オリーブサラッドに成り済まして帝国王室を支配する。
ラムシュレーズンの方は、グリルの娘であるキャロリーヌをお馬の姿に変えた上で、メルフィル公爵家を内部から崩し始めた。
「パンゲア帝国の皇太子が立食会で殺害される事件も、ラムシュレーズンがグリル殿に掛けた呪いの魔法が原因だと言っているのです。グリル殿を操って前菜に毒を盛らせ、その事件で彼が失脚した後も、彼だけでなく、マーガリーナさんとトースターさんをも狂わせた張本人がラムシュレーズンだと偽っています」
「本当に酷いですこと」
今のキャロリーヌには、怒りよりも呆れる気持ちの方が強い。
チュトロが、心苦しそうな表情で続きを話す。
「もう一つ、酷い事実を伝えなければなりません。実はラムシュさんが、アニョンピクルから暗示を掛けられてしまい、宮廷内で虚偽の発言をしたのです」
「虚偽じゃと?」
「まあ、どのようなお話をなさいましたの?」
「最初に、《わたし、十七年間ずっとお馬の姿にされていたの。本物のキャロリーヌよ》と涙を流しながら打ち明けたそうです」
「それについては、紛れのない真実じゃが」
「はい、仰る通りですけれど、その続きがまったくの虚偽なのです」
昨日、第三玉の間に召喚されたラムシュが、一等官たちのみならず、ローラシア皇帝陛下をも前にして、「悪魔女のラムシュレーズンとオイルレーズンが、わたしをお馬から人族に戻したのは、わたしを救うためだと装っているわ。でも本当は、自分たちの悪事を隠し通すため、わたしを亡き者にする策略の一環なのだわ」と話した。これによって、一等官たちと皇帝陛下が騙された。
オイルレーズンがお茶を飲むのも忘れ、首を傾げながら問う。
「一等官らが、そんな虚偽を簡単に信じるじゃろうか?」
「暗示に掛かりやすくなる魔法を施すなど、アニョンピクルが色々な悪事を働いているに違いありません。彼女に助力している者も少なからずいるようです。そして残念なことに、ローラシア皇国では、キャロリーヌさんの名を騙ってメルフィル公爵家を乗っ取ろうとした咎で、ラムシュレーズンの断罪を求める声まで上がっています」
「まあ、どうしましょう!?」
「やれやれ。なかなかに厄介な事態が起きておるわい」
自分たちの立場がますます悪くなるような事実が明るみになり、キャロリーヌとオイルレーズンは、大いに辟易させられた。同時に、ラムシュだけを皇国宮廷へ行かせたのは失敗だったと反省せざるを得ない。
黙って聞いていたマトン、ショコラビスケ、シルキーにしても、キャロリーヌたちに掛ける言葉が見つからず、胸の内では、「皇国宮廷で暗躍するアニョンピクルの悪事を止められないものだろうか?」と気を揉むのだった。




