《★~ 中央情報局による調査 ~》
自然に生きる動物たちは、邪悪な魔の気配を敏感に嗅ぎ取り、魔獣が通ったところから遠くへ逃れる傾向にあり、ずっと姿を見せていない。木の実や根菜は、魔獣の放つ瘴気のせいで強い毒を帯びてしまっており、それらを食せば、たとい身体に少なからず毒の耐性を備えていても、生命に危険が及ぶという。
このため、キャロリーヌたち一行は、山中にいるにも拘わらず、山の幸をまったく得られなかった。すっかり空腹に苛まれているショコラビスケは、足が岩のように重く、冗句や苦情の言葉を吐く元気を失った。
先頭を警戒しながら歩くマトンが、声を落としてオイルレーズンに話し掛ける。
「首領、そろそろ獲物が現れてもよさそうですね」
「そうじゃのう」
魔の元凶を討伐したので、この先は、食材にできる通常の獣と遭遇する機会は十分にあるはず。
キャロリーヌが率直に問う。
「蒼色月の害悪を広めた女官というのは、一体どのようなお方かしら?」
「帝国王室にミルクドとアニョンがおらぬ今、あたしの知る限り、そのような悪事を働くと考えられるのは、おそらく第三女官のデミタスじゃろう。黄土系統の魔女族でな、自然改変の魔法を得意としており、世間に悪い噂を広めることも容易いに違いない」
「本当に困りますわねえ……」
心根の優しいキャロリーヌでも、自分たち月系統魔女族が厄災事に見舞われている事態を、さすがに迷惑と思わざるを得ない。
やがて峠を越えてエルフルト共和国に入り、夕刻を迎える頃、鹿と遭遇して捕らえ、ようやく食事を摂れた。皆が元気を取り戻し、下り坂を黙黙と進んで、麓の近くで見つけた宿屋に泊まる。
夜が明けると、簡素でも豪華でもない朝餉を済ませた上で、貸し馬車に乗り、エルフルト共和国の中央を目指す。
五つ刻半の頃、大統領の公邸に到着し、一行が特別な部屋「第一迎賓室」に通された。女性の政務官が、丸壺と五つの茶碗を載せた台車を運び込み、一礼してから立ち去る。
キャロリーヌが碧色茶を皆の茶碗に注いでいたところ、早速、ハタケーツ大統領が姿を現し、血色のよい顔面で話し掛けてくる。
「やあ姉上、並びに勇敢な探索者の諸君、ようこそお越しになった!」
「コラーゲンや、済まぬことじゃが、また世話になるよ」
「いえいえ、一切お気になさらなくてよいです」
「時に、この国でも蒼色月の害悪とやらが、広まっておるのじゃろうか?」
「誠に残念ながらその通りです。しかし、根も葉もない事実無根に踊らされることなく、軽率な言動を慎むようにと要請する大統領令に署名しました。エルフルト共和国民は、冷静な頭で考えさえすれば、なにが真実であって、なにが偽りなのか、必ずや見抜けるはずだ。はははは」
「そう願いたいものじゃわい」
オイルレーズンが笑みを浮かべ、碧色茶を一気に飲み干した。
一方、ハタケーツ大統領は、今の時点で大統領府に報告が上がっている、中央情報局による調査について説明を始める。
「各地に月系統の魔女族を蔑む悪い噂を広めている張本人は、パンゲア帝国王室の第三女官、デミタス‐サイフォンだ」
「やはりそうであったか」
「悪魔女のデミタスは、まずドリンク民国に赴き、盗みを働いた上で、その犯人が月系統魔女族だと街中に吹聴して回ったという」
「ふむ」
「その後もエルフルト共和国や他国で同じような悪事を働き、特に酷いのは、アタゴー山麓西門食堂で食材を腐敗させ、多くの者にお腹痛を患わせた悪行だ」
突如、ショコラビスケが立ち上がって大声を出す。
「がほーっ!! そんな非道、許せねえぜ!」
「ショコラや、落ち着くがよい」
「おっとぉ、済まねえ! つい興奮しちまったぜ。がほほほ」
ショコラビスケは、頭を掻きながら席に腰を下ろした。
今度はキャロリーヌが遠慮がちに口を開く。
「アマギー山で動物を魔獣化したのも、デミタスさんなのでしょうか?」
「それに関しては今なお調査の途上だが、中央情報局の面面は、十中に九、デミタスの仕業だろうと、まあ断定に近い判断を下しているらしい」
「そうなのですね……」
「では姉上、皆さん、ごゆっくりと滞在して下さい。僕は出掛けます」
説明を終えたハタケーツ大統領は、早足で部屋を後にする。