《☆~ アマギー山の魔獣 ~》
牙猪肉の少ない牡丹鍋を食べ終え、皆でお茶を飲んでいるところ、若い小妖魔の女性が現れる。
彼女は、キャロリーヌに近寄って問い掛ける。
「あなたがオイル伯母さん?」
「いいえ違いますわよ。きっと、首領さまのことなのでしょう」
「ふむ」
オイルレーズンは女性に視線を向ける。
「あたしに、なにか用でもあるのか」
「オイル伯母さんに伝書」
「ご苦労じゃった」
小妖魔が、筒状に丸めてある羊皮紙を食卓の上に置き、速やかに立ち去る。それはパースリから送られたもので、開いてみると、確かに「オイル伯母さんへ」と書かれてあった。
早速、オイルレーズンが目を通す。
「ほほう」
「なにが記されていますの?」
「パースリが旅先で知り得た蒼色月の害悪について、知らせてくれておる。なかなかに気の利く甥じゃわい。ふぁっははは!」
「まあ、そうですのね」
ショコラビスケが、怪訝そうな表情で口を挟む。
「どうして、ここに首領がいると分かったのですかねえ?」
「勅令とやらでローラシア皇国を追われた月系統の魔女族は、パンゲア帝国にもおるのじゃろう。そんな酷い目に遭った者から話を聞いて、あたしらの身の上に同じ厄災事が降り掛かったと考えたに相違あるまい」
「よく分からねえ道理ですぜ……」
得心できなかったショコラビスケに、マトンが補足的説明を話す。
「ヴィニガ子爵は、首領とキャロルがアタゴー山麓東門で入国を拒否されてしまって、行き先をエルフルト共和国に変更せざるを得ないと推察したのだよ。ローラシア皇国の領土を通れないとなると、このアマギー山麓温泉旅館に宿泊して、次の日にアマギー山を越えるだろうと想像を働かせるくらい、聡明な彼にとっては容易いことだからね」
「なるほど、そういう訳ですかい。さすがは全世界学者だぜ!」
パースリからの伝書には、「パンゲア帝国王室にいる女官が蒼色月の害悪を世間に広めている可能性があります。この件については、エルフルト共和国の大統領府にも報告しますので、中央情報局による調査の進展に期待しましょう」と記されている。
兎も角、キャロリーヌたちは、明日に備えて休養を十分に取っておく。
また一つ、新しい朝を迎え、一行が簡素な食事を済ませてから、アマギー山麓温泉旅館を後にした。
山道を歩きながら、ショコラビスケが愚痴を溢す。
「干し魚が一つだけじゃあ、元気も出ませんぜ、まったくよお!」
「食せただけでも幸いじゃったわい」
「でかい牙猪を捕らえて、昼餉は牡丹鍋で満腹になりたいぜ。がほほ」
「そうできればよいですわね」
キャロリーヌも賛同する。
しかしながら、昼餉の刻限を過ぎても、牙猪はおろか、食材になりそうな動物には、一匹として遭遇できなかった。
「腹が減ったぜ。がほほ~」
ショコラビスケが、いつになく小さな声で苦言を呈した。彼の肩にいるシルキーが異変を察知し、「きゅっ!」と一声を発する。
突如、近くの茂みから、大きな動物が飛び出してくる。
「ああっ、魔獣だ! 気をつけて!」
マトンが咄嗟に叫んだ。
相手は四つ脚で、巨大な山椒魚の姿をしている。
「静止」
キャロリーヌが冷静に魔法を詠唱した。
それでも魔獣は、なに食わぬ顔で地面を這って迫りくる。
「きゃー」
「がっほ!」
「がああぁ」
キャロリーヌの目前、間一髪のところ、ショコラビスケが飛び出し、彼の巨体が、それと同じくらい大きい動物の身体に激突した。
辛うじて、敵の動きを封じることができた。
「がほっ!?」
安心できたのは束の間で、「があーっ!!」と咆哮する獣が、腕力に自信のあるはずのショコラビスケを少しずつ押す。
キャロリーヌが応援の声を放つ。
「ショコラさん、しっかりなさって!」
「がほ……」
ショコラビスケが苦痛の気色を浮かべた。
魔獣は口を大きく開き、今にも業火を吐きそうな状況となる。
「やあっ!」
マトンが上から飛び込み、敵の背中に魔獣骨剣を刺す。
「ぐえぇーっ!」
相手は断末魔の叫びを上げるけれど、ショコラビスケを押す力が衰えない。
「迅速殺!」
オイルレーズンが唱えたことで、ようやく魔獣が息絶える。
キャロリーヌの胸の鼓動が、まだ高鳴ったままである。
「あたくしの魔法、どうして効きませんの!?」
「対魔法遮蔽を施されておった」
「え、なんですの??」
「魔法で動物を魔獣化する際、同時に対魔法遮蔽を施せば、その魔獣には、どんな魔法も無効になるのじゃよ。迅速殺が効いたのは、マトンが魔獣骨剣を刺してくれたお陰で、対魔法遮蔽が弱まったからじゃろうな」
誰も怪我を負わずに済んだのを喜び、一行が再び山道を進む。




