《☆~ 入国拒否の勅令(四) ~》
アタゴー山麓東門からエルフルト共和国へ行くには、ローラシア皇国の領土内を西に進み、ローラシア北西部国境門を通過するのが一番に安全であり、しかも楽だと、行商を営む者や探索者たちの間で広く知られている。
ローラシア皇国への入国を拒否されたキャロリーヌたちは、当然のこと、別の道を進まなければならない。いくつかの経路が考えられるけれど、パンゲア帝国とエルフルト共和国の境であるアマギー山を越えるのが必然の選択と言えよう。
マトンが馭者を務める馬車が軽快に走り続ける中、巨体のショコラビスケが、揺られながら口を開く。
「もうそろそろ、昼飯の刻限ですかねえ?」
「ふむ。この辺りには、なにか美味な名物があったじゃろうか」
「そりゃあ、パンゲア銀毛牛が一番に決まっていますぜ」
キャロリーヌが、さも愉快そうに話す。
「パニーニ大旅館の食堂で、あれほど沢山を食されましたのに、今日もまた、お望みですのね。うふふふ」
「おうよ! この俺さま、願わくは一年、三百三十六日ぶっ通しで牛肉を食し続けたいものでさあ。がっほほほ!」
馭者席からマトンが口を挟んでくる。
「もう少し先に、とても美味な銀竜鯰の料理だと評判の高い食事処があったはずだよ。せっかくだから、立ち寄ってみるのはどうだろうか」
「マトンさんよお、その店だったら俺も聞き覚えがありますぜ。確か《鯰料理パンゲア一番亭》とかってえ名前でさあ」
「あたくし、是非そちらでお食事をしたいですわ!」
「ならば、そうするとしようかのう」
「きゅい!」
シルキーも同意の声を発した。
それを聞いたショコラビスケの頭から、あれほど執着していたパンゲア銀毛牛のことが、すっかり消え去ってしまう。
「マトンさん、総員の意見が揃いましたぜ!」
「そのようだね」
十分刻ばかり馬車が走り、キャロリーヌたち一行が「鯰料理パンゲア一番亭」の門を潜って、店主が一推しする「蒲焼き」と呼ばれる料理を食す。
・ ・ ・
こちらローラシア皇国の中央門に、アズキとシラタマジルコに連れられて、ラムシュが無事に辿り着いたところ。
護衛の役目を果たしたシラタマジルコは、いつも勤務しているローラシア東部国境門へ向けて、すぐに出立する。
ラムシュは、アズキに誘われ、人族の姿に戻ってから初めて皇国宮廷内に立ち入る。医療官事務所で、一等医療官であるオマール‐ラブスタから、一頻り診察を受けた後、眠りに就いた。
その後、オマールとアズキは、政策官事務所に赴いた。
一等政策官のチャプスーイ‐スィルヴァストウンが問い掛ける。
「チャプスティクス二等医療官、アタゴー山麓西門の状況を聞かせてくれるかな」
「医療官たちによる懸命な治療が功を奏し、お腹痛の患者たちは皆、幸いにして、回復に向かっています」
「その病気は、一体なにが引き起こしたのだろうか」
「十中に八か九か、悪い魔女族の魔法による厄災事だと考えられます」
アズキは、チャプスーイとオマールを前にして、アタゴー山麓西門で見知った状況を報告する。
チャプスーイが怪訝そうな表情で話す。
「やはり、月系統魔女族の仕業か」
「そこまでは判明していません。オイルレーズン女史が仰るには、腐敗という魔法が唱えられたのではないかと」
「あのお方と、どこで会ったのかな?」
「アタゴー山麓東門です。入国拒否の勅令があるため、その場で足止めされておられ、やむを得ず、エルフルト共和国へ向かうと仰せでした」
「ううーん……」
チャプスーイが黙り込んだので、アズキは別の話題を持ち出す。
「オイルレーズン女史から、メルフィル公爵家のラムシュ嬢を託されまして、宮廷に連れてきました。なかなかに美しい少女です」
「今後どのように暮らすのがよいか、彼女と話し合う必要があるな。早速、私が面会しよう」
「眠り病が快癒に至っておらず、今は就寝中です」
「目を醒ましたら、こちらに知らせて貰えるだろうか」
「はい、承知しました」
横からオマールが指示を出してくる。
「では二等医療官、職務に戻って下さい」
「了解です」
アズキは一礼した上で、政策官事務所を後にする。