《☆~ 入国拒否の勅令(一) ~》
キャロリーヌたちは、あと一晩をパニーニ大旅館で過ごし、明日の朝、ローラシア皇国へ帰るという方針を定めた。
夕餉の料理として総員の賛同で選んだパンゲア銀毛牛の鋤焼きに「舌鼓」を打った後、皆でお茶を飲みながら雑談しているところ。
武術の競い会合が全世界に与える影響について、色々と意見を交わしてから、次の話題に持ち上がったのは、パースリとロッソを結ぶ華燭の典の日に起きた忌々しい事変について。
二ヶ月と数日前、ヴィニガ夫妻は、グレート‐ローラシア大陸を一周しようという旅行を計画していた。結婚したばかりの二人にとって、楽しい新婚旅行になるはずなのに、運悪くパンゲア帝国軍によって国境が封鎖され、彼らの予定は変更を余儀なくされてしまう。
パースリが当時をふり返り、憤りを隠せない。
「出鼻を折られるという表現は、あのような事態に見舞われた際に使うのでしょうね。なにしろ、馬車に乗り込み、お馬が最初の一歩を踏み出そうとした途端、国境封鎖の事実を、父上から聞かされたのですから」
「ふむ。その件について、コラーゲンが大いに嘆いておった」
オイルレーズンも、昨日のことのように覚えている。
横からキャロリーヌが口を挟む。
「お二人揃って、丁度この国に赴いてこられたのですから、もう一度、新婚旅行をなさればよろしいのでは?」
「都合が悪くないようじゃったら、そうするがよい」
「キャロリーヌ嬢、オイル伯母さん、ご提言下さり、ありがとうございます。幸いにして、機械人形の調査が一段落となりましたし、せっかくの機会ですから、ロッソと二人で、大陸一周の旅を満喫しようと思います」
「ブイヨン公爵との約束は大丈夫ですか。土壌清浄石の調合を、依頼しておられたようですけれど」
マトンが、少なからず心配そうに尋ねた。
これにはオイルレーズンが助言する。
「伝書をアントレ殿に送って、予定を遅らせて貰えばよかろう?」
「はい。そのようにしましょう」
朝を迎え、ヴィニガ夫妻が二度目の新婚旅行に出掛けた。
キャロリーヌたちは、少し遅れて出立し、アタゴー山麓東門へ向かう。
・ ・ ・
こちらはパンゲア帝国王室、ボンブアラスカ女王の居室である。
帝国女王の母であるベイクドアラスカが、政策官長を務めるバトルド‐サトニラを従えて入ったところ。
ベイクドアラスカが替え玉の女王に向かい、おもむろに口を開く。
「そなたの婿が決まったぞ」
「……」
玉座にいる少女は、あくまで無言を貫く。自身が傀儡で、自身と同じように次の傀儡となる子供を産む仕事だけが、彼女の生かされている理由であり、なにをどのように訴えようと、すべてが無駄になると承知しているのだから、それは無理もないこと。
ベイクドアラスカは、なんら気に掛けず、玉座の近く、絢爛豪華な安楽椅子に腰を掛ける。そして、政策官長に険しい視線を浴びせながら話す。
「どのような男が選ばれたのか奏上せよ」
「はっ、僭越ながら、ボンブアラスカ女王陛下のご尊耳にお入れ奉ります」
サトニラ氏は、平身低頭で言葉を続ける。
「幸運の極みにも婿殿下の座をお射止めになった男は、ドリンク軍第二大隊において、一等兵員の階級で所属していたイベリコ‐パエリアという人族にございまして、稀有な大剣のお腕をお持ちになっておられます。数々の強い相手を前にして、見事な大剣捌きで次々と打ち倒し、勝ち上がり続けて、いよいよ最終の手合わせを迎えた時、あろうことか、相手が辞退を申し出ました。その男は紛れもなく十分過ぎるほどの強者で、《大陸一の剣士》と名を轟かせるマトン‐ストロガノフ」
「サトニラ!」
「はっ、な、なんでございましょう??」
「そのくらいで済ませておけ。お前は無駄に話が長く、退屈で鬱陶しいのだ」
「申し訳なく存じます……」
サトニラ氏が頭を床につけて、丁重に謝罪の態度を示した。
その一方で、ベイクドアラスカは別のことを問う。
「新たな衛兵は多く集まったか?」
「総勢三十五名です」
「少ないぞ!」
「ははっ、仰せの通りです。しかしながら、弱い者を軍に加えても役には立ちませんし、武術の競い会合を定期的に開催すれば、ゆくゆくは、大勢の衛兵団員を集められる見通しにございます」
「ふん。釣らぬ鯰の肉算用だな」
ベイクドアラスカが冷たい眼差しで、皮肉の言葉を繰り出した。




