《★~ 蒼色月の害悪(五) ~》
ジャムサブレーにしても、錬金術の道理はさっぱり分からないけれど、それなりに頭脳を絞り、「機械人形が環境に及ぼす影響は薄いはず」と推察した。
そして、もう一つ浮かび上がった疑問について尋ねる。
「動力源は、簡単に入手できるのですか?」
「いいえ。金竜のように強い生命力を持った者と命懸けで戦わなければ、まったく得られません」
「そのように希少な代物を使うのは、一体どうしてでしょう。機械人形を連れてきて、武術の競い会合に参加させた動機を、是非お聞かせ下さい」
「単なる実物説明に過ぎません。大勢の皆さんに見て貰いたいのです」
ブイヨン公爵が、機械人形を衆目の集まる場で披露する理由を話した。
すべては「忘却の果てにある錬金術」を蘇らせるためにしている行動の一環だという。つまり、人々に並並ならない関心を抱かせ、錬金術を発掘する意義の重大さを知らしめた上で、多くの賛同を得る狙いがあってのこと。
「遥か昔に忘れ去られた調合を再び確立させるために、地道な研究を続けなければなりません。それには、なによりも多大な支援が必要となるのです」
「分かりました。もしも環境の改善に貢献するような錬金術が発掘できるのでしたら、その折は、ドリンク民国の環境庁が全面的に支持します」
「誠に嬉しいお言葉です。手始めとして、空気清浄石の調合を確立するために、ご助力を願いたいと思います。早速、明日からどうでしょう?」
「もちろんお受けします」
ジャムサブレーは快諾した。
これに対し、パースリが口を挟んでくる。
「ブイヨン公爵、できましたら、土壌清浄石の調合が可能かについて、お教え願いたいのですが」
「おや、どこかの土壌に不浄がありますか?」
「アイスミント山岳の高くに位置する土地では、竜魔枯と呼ばれる畑の異常が起きてしまうと、芋の葉が枯れる病気を引き起こすのです。少し前にも被害があったばかりで、これに対処できる土壌清浄石があれば、大いに助かります」
「承知しました。空気清浄石を調合する仕事が済めば、次はそちらへ出向き、可能かどうか確かめようと思います」
「ありがたいお返事を下さり、感謝します」
こうして取引が成立し、蒼色月の害悪に関する疑問だけが最後まで残った。
ブイヨン公爵は、顔面に気の毒そうな気色を浮かべて答える。
「その噂は機械人形と関係がないでしょう。人々は、時として得体のしれない存在を目の当たりにすると、悪い事件に結びつけてしまいがちです」
「ふむ。おそらく、アントレ殿の言う通りじゃろうな……」
蒼色月の害悪について手掛かりが得られないため、オイルレーズンは、少なからず落胆した。
「確かに、そのような集団心理が人族に働く傾向はあります」
パースリが、神妙な口調で言葉を重ねる。
「実は先日、ボクがドリンク民国に赴いた際、婦人たちが盗人を話題にしているところを目撃しました。犯人は、月系統の魔女族らしいとのことです」
「それこそ、機械人形の関与は一切あり得ません。なにしろ、ドリンク民国へは、一度も出向いていませんから」
ブイヨン公爵はキッパリと言い放ってから、いつもの穏やかな表情を取り戻し、再び口を開く。
「ご質問が尽きましたか」
「機械人形さんには、お名前がありませんの?」
「候補者という意味で、キャンディデイトと名づけましたが、いつしかデセールがキャンディと呼ぶようになり、今では私もそう呼んでいます」
「まあ、お愛らしい愛称ですこと!」
キャロリーヌは、機械人形に少なからず親しみを感じるのだった。
対談が終わるとすぐ、ジャムサブレーが帰国の途に就く。ブイヨン公爵も、先ほどの約束があるので、デセールとキャンディを連れて同行する。
夕刻を迎える頃になり、マトンとショコラビスケとシルキーが、パニーニ大旅館に戻ってきた。
武術の競い会合に参加していたマトンは、ずっと勝ち続けたけれど、最後の手合わせを辞退した。
この結果、ドリンク軍務省の一等兵員、イベリコが人族男性の一番手になり、パンゲア帝国王室に婿入りする決心を固めた。第二大隊長官のパイクは、胸に嬉しさと別れの寂しさが込み上げ、大粒の涙を落としたという。