《★~ 蒼色月の害悪(四) ~》
追ってくる二人の一方が、二十日ばかり以前、エルフルト共和国で遭遇して言葉を交わした者だと、ブイヨン公爵は気づいている。
しかしながら、あえて話す必要はないと思い、デセールと機械人形を伴って歩き続け、借りている馬車の前で立ち止まった。
すると、予想した通り、背後の男が声を発する。
「グラッパ村でお会いしましたね。覚えていらっしゃいますか?」
「……」
ブイヨン公爵は黙ったまま、怪訝そうな表情を見せ、パースリとロッソの顔面を交互に眺めてから、ようやく口を開く。
「このような場所で再会とは、まさに奇遇と言えましょう」
「はい。その折は、名前すらお伝えできませんでした。ボクは全世界学者のパースリ‐ヴィニガと申します」
「私は流離いの錬金術者、アントレ‐ブイヨンです」
公爵が、ようやく表情を柔らかくした。
パースリも穏やかに微笑み、率直に申し出る。
「ご無礼とは承知の上で、お尋ねしたいと思います」
「なんでしょうか」
「他でもなく、あなたが機械人形をお連れになっている目的です」
「簡単に答えますと、錬金術の発掘になります」
「そうですか」
ここにジャムサブレーが姿を現す。
ブイヨン公爵が、パースリに向かって問い掛ける。
「もう一人、お若い婦人がお越しになりましたが、お知り合いでしょうか」
「あ、はい。こちらは、ドリンク民国の環境庁で副長官をしておられます、ジャムサブレー女史です」
初対面の二人が互いに名乗り、そうしてブイヨン公爵が尋ねる。
「ところで、私にご用向きでも?」
「ええ、ご無礼とは思いますが、一つお尋ねさせて頂きたいのです」
「なんでしょうか」
「そちらの機械人形は、どのような目的が」
突如、背後で「こら、お前たち!」と怒鳴り声が上がり、ジャムサブレーの言葉が遮られてしまう。
一同がふり返ると、臙脂色の外衣を纏ったパンゲア衛兵が、険しい表情で立っていた。
「通行の妨げになるから屯するな!」
この一帯には、帰路に就く馬車と到着する馬車が行き交っており、衛兵が苦言を呈するのも無理はない。
「申し訳ございません。急ぎ移動しますので、ご容赦願います」
誠意を込めた謝罪のお陰で、衛兵が怒りを収めた。
丁度、オイルレーズンとキャロリーヌとラムシュもやってくる。
「どうしたのじゃな?」
「少しばかり立ち話をしておりましたところ、パンゲア衛兵の小隊長から、お叱りを受けた次第です」
「ならば、さっさと馬車に乗るとしよう」
「ご尤もです」
オイルレーズンがジャムサブレーに言葉を掛ける。
「機械人形のことを尋ねたいのなら、あたしらと一緒にくるがよい」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
オイルレーズンたちとジャムサブレーを乗せた馬車が先に出発し、すぐ後に、ブイヨン公爵の借りている小さな馬車が続く。
七つ刻半を過ぎた頃、一行がパニーニ大旅館に到着した。
部屋に入ってすぐ、ラムシュは眠りに就いた。ロッソが残り、他の者は、いくつかある談話室の一つに集まる。
ブイヨン公爵が、開口一番、「なぜ皆さんは、この魔法具に関心をお持ちなのでしょうか」と尋ねた。
これには、パースリが最初に答える。
「自ら動ける、その動く仕組みを、ただ単に理解したいのです」
「あたくしも同じですわ。どうして動くのか、不思議に感じておりますの」
「なるほど。そう感じるのが道理でしょう」
続いて、ジャムサブレーが打ち明ける。
「私は、機械人形が環境に及ぼす影響を調べる任務を担っているのです。それがため、方々を探し歩いていました」
オイルレーズンは、軍隊が悪用しないかという懸念、および「蒼色月の害悪」との関係について知りたいと話した。
悪用については、ブイヨン公爵が直ちに否定する。
「動く機械人形は、全世界に一つしかあり得ません。たった一つでは、部隊を構成できませんから、ご心配には及ばないでしょう」
「でも、大昔に爆発したお山から、沢山の機械人形が出ていらっしゃるような伝説がありますのよ?」
キャロリーヌの投げ掛けた疑問に、公爵が頭を横に振って返答する。
「偽りが伝わってできた物語に過ぎません」
「そうしますと、二つ目の機械人形を作れませんの?」
「作ることはできますが、動き始めれば、その途端、一つ目が動かなくなってしまいます。それは錬金術の道理です」
ブイヨン公爵は、機械人形が動く仕組みについて説明した。
全世界そのものが、竜活力源などの動力源を消費して、機械人形を動かす。その際、同時に動かせるのが一つなので、先ほど彼が話した言葉「動く機械人形は、全世界に一つしかあり得ません」は真実だという。
これを聞いて、ただ一人、パースリだけが得心に至る。




